ひとりごとのつまったかみぶくろ


精神障害者福祉の対象となる精神疾患についての基礎知識
《講演用口述原稿から》



 今回は、私が経験してきた仕事、精神障害者福祉にたずさわった中で考え、今後もやっていきたいと思っているものを紹介し、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

 これをいきなり話しても、皆さんにはイメージがわかないと思いますので、まずはそれの前段階として、精神障害者福祉の対象となる精神疾患についての基礎的なことを整理しておこうと思います。

 精神疾患(精神病・精神障害)と呼ばれる病気(または障害)は、うつ病や不安障害等をはじめ、数多くあります(ICD-10<WHO国際疾病分類>で約500の分類<病名>)。それらが個々の人の身体に生じさせる不調や不具合、苦痛等の軽減や解消のために、今日では服薬治療をはじめとする医療がとても有効な時代になっています(かつては祈祷に頼ったり、隔離しか方法がないという時代もありました)。でもそれらの精神疾患のすべてが社会福祉としての精神障害者福祉の対象となるわけではありません。それが原因の身体・心の不調等が長期間にわたって続き、その人の生活やその人の家族、しいては社会にも大きな影響を及ぼしてしまうような状況に陥り、そこに生じる問題の解決に他者の力を借りなければならないような状況になったとき、精神障害者福祉の対象となるといえます。
 私は主にソーシャルワーカーとして、それらの人々の援助や支援の仕事をしてきました。

 そのような状況に陥らせる精神疾患の代表的なものとして、次のようなものがあります。

 @統合失調症…かつて精神分裂病と呼ばれていた精神疾患です。約百人に一人の頻度で、二十歳前後に好発するといわれています。主な症状は、幻覚・幻聴(実際にはない物や人、音や声が見えたり聞こえたりする)、妄想(心の中で勝手に思いが展開し、不安や恐怖に陥ったりする)、興奮(怒りや悲しみ、おかしさ等の感情が湧き上がり、それを自分ではコントロールできない)等で、しばしば自傷他害に至ります。それらの症状については、薬物療法で、比較的早期に治めることができますが、再発を繰り返します。高い割合で、情意鈍麻(浅薄な感情表出)や意欲減退等の後遺症を残します。これにより、無為、自閉の生活に陥ってしまっている人々が多くおられます。また長期入院に至りやすく、今日でも日本で約20万人が入院しております。このような方々の退院(地域移行)や地域での生活づくりのプログラム開発に多くの努力が払われています。

 A発達障害…教育分野では軽度発達障害と呼ばれています。アスペルガー症候群(AS、アスペルガー障害:AD、高機能自閉症、広汎性発達障害:PDD…他人の気持ちを察することが困難、コミュニケーションが苦手、冗談が通じない、独特な論理や思考形態、子供なのに大人のような言い回し、等の特徴があります。百人に一人とか、もっと多くおられるとか言われています)、注意欠陥多動障害(ADHD…落ち着きを自分でコントロールできない、教室でじっと座っておれない等。かつて微細脳損傷<MBD>と呼ばれていたことがあります)、学習障害(LD…発語、または計算、または身体バランス感覚等、人が普通に持っている諸能力の内の特定のものが苦手)が主なものです。これらの疾患は生得的で、幼少時より症状が認められるものをいいます。加齢と共に様態の変化はあっても、生涯、治癒に至ることはないといわれています。(自閉症は、知的障害を有するアスペルガー障害ということもできますが、近年アメリカ精神医学会は、自閉症とアスペルガー障害とは同じものであるとして、自閉症スペクトラム障害:ASDという呼称を設け、統合しました<DSM-5>。)
 その独特な人となりや行動のために集団や社会への適応が難しく、いじめや虐待の対象にもなりやすいものです。無配慮な環境の中で、二次障害を引き起こしてしまうことも多くあります。本人の集団や社会への適応や、家族の養育負担の軽減等のためのいろいろなプログラムが試されています。

 B愛着障害…Aの発達障害は生得的(内因性)なものと考えられているものですが、愛着障害は乳児期・幼少期の不適切な生育環境(虐待等)が原因で発症させてしまうものです。症状的にはADHDと見間違えるような落ち着きのなさや多動、統合失調症の後遺症のような情意鈍麻や無意欲、またかなりの頻度で解離(記憶が飛ぶ)を呈します。集団や社会への適応が困難なことが多く、各種の支援が求められています。

 C認知症…かつては老人性痴呆と呼ばれていました。高齢期に至ってから知的な機能が壊れていくものです。アルツハイマー型、脳血管性、レビー小体型、前頭側頭型等、発症の原因疾患によるいくつかの病名があります。原因や進行度合い等によっていろいろな症状があり、介護等の支援の形態も様々です。徘徊については安全確保のための配慮に多大なエネルギーを要します。前頭側頭型認知症(ピック病とも呼ばれています)の場合は、本人の性格の大きな変化があり、家族のショックも大きいものです。現在の医学では症状の改善はまだ難しく、本人と家族の生活支援が主たるアプローチです。
 高齢になればなるほど、認知症発症の割合が増すといわれています。ですから、人の寿命が格段に延びた今日、人に認知症が発症する割合も格段に増加しています。誰もが将来、認知症発症の可能性があるといっても過言ではないと思います。厚生労働省は、日本の認知症者数を、2012年で462万人(2025年には700万人超えと推計)と示しています。それを反映して、認知症のために社会が負担する経費は年々増大しております。認知症になる人が減れば、その分負担は減ることになります。ですから国は認知症予防対策の推進に躍起になっております。

 Dアルコール依存症…飲酒習慣を自分では止められない状態になった人です(悪酔いやそれによる異常行動、肝障害等の身体的な病変とは別)。そのためにしばしば家族を巻き込む形で生活を崩壊させます。ここから立ち直るプログラムとして断酒会(内観法という治療手法)等が行われています。(依存症に至るものとして、薬物、買物、ギャンブル、ゲーム等もあり、それらを総じてアディクションと呼んでいます。)

 E高次脳機能障害…交通事故等による脳への瞬間的な衝撃により脳組織にダメージを受け(びまん性軸索損傷)、そのために思考や記憶、感知、身体動作等の能力が落ちてしまったり、また性格や人格が変わってしまう場合もあります。外からはそれが見えにくいため、いじめや排斥の対象になったりします。社会復帰のためのいろいろなプログラムが試されています。

 Fパーソナリティ障害(旧呼称=人格障害)…かつてこのような疾患を持つ人々のことを精神病質と呼んでいました(精神保健福祉法第5条にはまだこの語があります)。また境界例という精神病と正常との境目という意味の表現もありました。思考や感情、価値観等が私たち一般からすると異常な人、いわゆる常識からかけ離れた考え方や行動をする人、小さなことで異常な激高をする人、度を超えたこだわりやせっかちや気の落ち込み、またいわゆる二重人格、等々、それらのいわゆる異常に見える性格のために、集団や社会での適応を困難にしている人を指します。周りの人々はその人を脅威に思い、とかく排斥しがちです。でも本人が原因でそのような性格になったわけではなく、その人たちといかに社会の中で共存していくか、人類に投げかけられている課題ともいえます。

 G素行障害(旧呼称=行為障害)・反抗挑戦性障害…小児期に現れる精神疾患例としてこのように診断されるお子さんがおられます。発達障害の二次障害として現れる場合もあると言われています。いわゆる反社会的な行為、攻撃的な行為を呈してしまうもので、非行や触法犯罪行為を起こしてしまう場合もあります。成人(18歳以上)に至ってもこれが続く場合があり、その場合は反社会性パーソナリティ障害と呼ばれることになります。

 これらの精神疾患は、本人の苦しみだけではなく、その人と一緒に暮らす、また支える家族にも苦しみを生み出します。ですから、本人に対する支援だけでなく、家族に対する支援も併せて組み立てる必要があります。加えて、これらの諸事情を、社会の人々に伝え、理解を求め、協力者に仕立てることも重要なことです。

 どうしてこのような病気が人の身に起きてしまうのか不思議に思います。現在では、これらは総じて、人の一器官としての脳の病変と捉えられています。脳はある意味で電気仕掛けの精密機械といえるわけです。いろいろなきっかけで、その中の複雑な配線の一部の断線や絡まり、一部の部品の損傷や故障等が起こりえること、それにより脳の機能に変調や異常をきたしてしまう可能性は誰もが持っているといえます。人は誰でもそれを抱えて生きているわけであり、人類に有する宿命ともいえましょう。(2017.4.18)


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