●● ● ひとりごとのつまったかみぶくろ
ここに掲載の文章は、ある関係者の情報交流メーリングリストにおいて、標記のテーマについて私が投稿した文章を整理したものです。 |
精神障害者に対する障害年金の諸問題試稿
私の支援活動の経験から
事例の紹介
度重なる制度の変遷の中で
障害年金制度の国際比較から
日本の障害年金制度の沿革 「廃疾年金」から「障害年金」へ
今後の支援の充実と考察のために
私の支援活動の経験から
障害年金の相談に来られる方々は、その多くは、仕事に就けなくなり、また家族から十分な経済的支援が得られなくなり、つまり収入の条件を失い、まさに「背に腹はかえられぬ」の気持ちで医師に相談され、そして医療相談室の扉をたたかれる人々です。
困窮の状態であることは誰にもわかります。しかし、障害年金受給を、その問題解決の手段にしようとしても、本当の、又は十分な解決手段になりえない。相談されたすべての人を満足させられる手段ではないのです。現行の受給要件や認定基準(診断書の記載項目)では、そこからこぼれ落ちざるを得ない人々を生み出す制度なのです。
そのこぼれ落ちる理由で、私の経験から見て最も多いのが、「@初診日以前の国民年金保険料未納付期間があることによる受給要件不成立」です。次に「Aアスペルガー障害や人格障害などの認定が困難とされる診断名」、そして「B現在の様式の診断書に記事を記入したとしても各級に該当する程度の記載にならない」です。
@の人は、割り切るしかありません。いや、二十歳前の受診を見つけたり、これが本当の発病であろうという別の初診日を見つけたりして救済できた人はありました。AとBについては、ワーカーが介入して申立書作成の援助をしたり、また医師は本人の生活が困難な実態を加味した診断書を仕立てて交付するというようなこともありました。
それでもここに乗れない人々が厳然とおられる。
たとえば、もし「生活能力はあるが、疾病の症状や後遺症のため、(決して怠けているわけではないが)就労の意欲が出ない、又は持続した作業が困難、又は労働市場がその人を忌避する、それがために就労できない」というような条件によって年金受給が可能という基準があったとしたらどうでしょう。私は、かなりの人々が救えるのにと思ったりします。(欧米のかなりの国では、これで認定されるのではないかと思います。)
精神科病院に勤務するPSWとして、受ける年金関係の相談の中で、どうしても心を痛めてしまうのが、やはり、アスペルガー障害をはじめとする知的障害を併していない発達障害、境界性をはじめとする人格障害、神経症圏の疾患等の方からの「障害年金を受けたい」という相談です。それらの方は、たとえ保健福祉手帳の1級や2級を所持していたとしても、障害年金の請求(基礎も厚年も)についてはほぼ却下というのが現状です。これについては審査請求をもってもクリアが難しいというのが今のところの感触です。
近年の流れとして、生活保護受給者で保健福祉手帳の1・2級の所持によって障害者加算を得ている人について、障害年金の受給要件がある人については障害年金を請求しなさいという指導がなされています。それに基づいて請求したものの、その人の診断名がアスペルガー障害であったため、請求は却下され、それがために障害者加算も不支給になってしまった方がおられました。
このような実態については、診断書を作成する医師としても経験則から承知していることです。ですから、そのような方からの診断書作成の依頼があっても、実情の説明の上、書かないという形にもっていく医師もおられます。
このような実情について、不合理と感じるのは私だけではないと思っております。だからといって、強引とも恣意的とも思える対処が飛び交っていることも気になっているところです。
近年、障害年金の請求について、社会保険労務士の方々の関与が増えていると感じております。数か月前にも、私が勤務する病院に、これに関することで来られた方がおられました。内容としては診断書の記載内容について便宜をいただきたいというものでした。社労士さんとしては受給を確実なものにするために、診断名等に配慮をと訴えられるのですが、主治医としては、見立ては記述のとおりでそれを変更することはできないという主張で、結論としては直さず、結果としてはどうも請求は却下されたようです。
このことについて、皆さんはどのように感じますでしょうか。
障害年金については国で定められた障害認定基準があり、それに基づいて審査されているものと理解しております。そこに、○○については認定の対象とならない、というような記述が厳然とあります。ICDでは精神疾患であっても、障害認定基準にはないということで涙を飲んだという人を何人も見てきました。
この障害認定基準があることを前提に、上手に年金を勝ち取る方策や作戦を考えることもひとつの援助の仕方と思います。でも私は、年金を本来必要な人に支給されるように、障害認定基準を含め、法令そのものを変えていくアプローチがあるべきではないかと思っております。
そのためにも、年金の原理、年金制度の歴史、世界の実情などを十分に学習し、国に訴えていくことができる理論武装が必要ではないかと思っています。
事例の紹介
今回は、私のこれまでの援助の経験から、事例を紹介したいと思います。
日本の年金制度について、昭和60年5月に大改正(昭和61年4月1日施行)がありました。それまでの年金が、対象者別にそれぞれの法律があったものが、基礎年金の創設等をもって、それぞれの年金が一応一つの体系の中に組み込まれるという整備がなされたことは皆さんもご存じと思います。
そこで、障害年金の請求について、受給権が、昭和61年4月1日以後と以前に発生した場合によって、別の原理が適用されるということが生じたわけです。
その直後は、この適用の仕分けがスムーズにいっていたのですが、それから既に二十年以上が経過し、役所の窓口でも、このことを承知していない係員が増えており、対応に戸惑うということをしばしば経験します。
そんな経験の中の一例です(ケースは修正してあります)。
昭和30年代生まれの方で、昭和50年代に大学を卒業し、22歳の時、新卒で国家公務員になられました。4月に採用されました(国家公務員共済の組合員となった)。しかし徐々に調子を崩し、だましだまし勤務を続けていましたが、翌年1月に精神科に初診(統合失調症と診断)、その後は休職となるとともに、入退院を繰り返すことになりました。その後の経過としては、公務員についてはほどなく退職し、再就労のチャレンジもままにならず、今日に至っています。
この人は、発病後、障害年金請求の相談をしたものの、当時の「発病までの組合員期間が1年以上」の支給要件を満たしていないため、受給はなりませんでした。
しかし、このようなケースに関しては、平成6年11月の法改正により、「障害基礎年金の支給」という特例措置がなされ、これ以後に請求をすれば、受給できたと思われます。
しかし、そのことを知る機会もないまま、月日が経っていくことになりました。
いや、本人としては、それ以後も数回、病院のソーシャルワーカーに相談をしたと言っておられました。しかし力及ばす、特例措置にたどり着くことなく時が過ぎることになってしまいました。
私がこの人の担当になった時、このことを知り、援助を開始しました。しかしその法改正から15年経っていることもあり、市役所の年金窓口、年金事務所も当初、ほとんどの担当者がこの特例措置のことを知っておられませんでした。本人も、「またか」と、疑心暗鬼になってしまわれました。
そこで、私としては、年金ダイヤル、社会保険庁(日本年金機構)のホームページ等、各方面から情報収集※の上、資料を作成し、それを持参して同伴して手続き援助を行ったという次第です。そして請求手続きに至り、受給を開始することができました。
※ 国民年金法 附則(平成6年11月9日法律第95号) 第4条第3項、第6条
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=334AC0000000141
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12500000-Nenkinkyoku/0000088026.pdf
度重なる制度の変遷の中で
昭和60年改正以前の旧年金各法が、それぞれが独自の原理を持ち、また「発病日主義」などの今日の原理とは違った尺度で判別しなければならないときもあり、加えて度重なる改正の経過があり、とても生半可な構えで対処することはできません。これに関連した援助依頼があると、ある種の恐れを感じてしまいます。今、過去を振り返ると、かなりの見逃しやミスリードをしでかしていたのではないかと、心が痛むことがあります。
ソーシャルワーカーは、このようなことに対処できるように、すべての人が十分なトレーニングを受けているわけではありません。しかし現場では、いやおうなくこのようなことに対処しなければならないことがあるわけです。このような現場をサポートしてくれるようなしくみがあればと願うことはしばしばですし、この研究会が、そんな私たちをサポートしてくれる場になってもらえればとも願っています。
障害年金制度の国際比較から
障害年金制度の国際比較から、私が感じていることのさわりを記したいと思います。
日本の障害年金の認定基準が、障害の種類とそれの身体機能や行動への影響の度合い、生物的能力や生活能力の減退の程度が指標になっているのに対して、欧米の各国では、障害のために仕事ができない(そのために収入が得られない)ということが重要なポイントになっています。
(諸外国の年金制度については、厚生労働省のホームページの年金情報のページ※のほか、関連の語句で検索すると、けっこう多くの論文や関連サイト等がヒットします。)
※ http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/nenkin/nenkin/shogaikoku.html
ところで、日本の認定基準が、なぜ、欧米とは違った路線を歩んでいるのかが気になります。
過去の事情を調べてみると、日本の年金制度の創設時期、厚生年金保険の制度設計においては、廃疾(労働能力の喪失)も基準の一つとして給付を考えていたということが感じられます。
【参考】「労働者年金保険法」(昭和16年) http://nvc.webcrow.jp/CL5.htm
厚生年金保険のもとでは、今日の欧米型の障害年金構築の志向があったものの、昭和三十年代に入り、国民年金の制度作りと開始の段階で、主に、当時の財政事情がネックとなり、それに対応できる形のものが作られていったと見ています。(そして厚生年金保険の障害年金もそれにならうようになってしまった。)
当時、国際的には、ILOが、勧告や条約等の形で、ガイドライン的な指標を出していた経過がありました。にもかかわらず、日本がこの流れに純粋には乗らなかった(乗れなかった)ことが、欧米型と違う、独自のスタイルを作り上げてきたと見ています。
日本の、年金制度をはじめとする、戦後の社会保障制度構築をリードした営みとして、社会保障制度審議会が出したいくつかの勧告があります。その中の障害年金について言及した部分を抽出して、資料として添付しました。
http://nvc.webcrow.jp/KA25.htm
http://nvc.webcrow.jp/KA28.htm
http://nvc.webcrow.jp/KA33.htm
日本の障害年金制度の沿革
「廃疾年金」から「障害年金」へ
障害者に給付する年金を、今は「障害年金」と呼んでいますが、創設当時は「廃疾年金」の名で始められました。
昭和57年の「障害に関する用語の整理に関する法律」の施行により、「不具」「白痴」等の用語が使われなくなったとともに、「廃疾」「廃疾年金」の語は「障害」「障害年金」に変更されました。
「廃疾」と聞くと、「廃人」「荒廃」「廃棄」などの言葉と重なってしまい、実にマイナスなイメージを浮かべてしまいます。でも、「働けない人」「生活を営むのが困難な人」という尺度で見れば、「障害」よりは「廃疾」の方が、概念的には合致しているように感じます。
ちなみに、「廃疾」(正しくは「癈疾」)の語は、古く律令制の時代につくられたもので、障害者の障害の重さを表す言葉であったとのことです。最重度が「篤疾」、次に「癈疾」、更に軽くなると「残疾」のように、今でいう障害等級のようなものだったようです。このような状況の人には、介護人を給されたり、税や課役の免除や軽減、罪を犯しても刑罰が免除や軽減されるなど、段階的な優遇措置があったとのことです。こんな大昔にも障害者福祉のようなものがあったのですね。
今後の支援の充実と考察のために
日本の障害年金の請求では、医師が作成する診断書に相当のウェイトが置かれていることは、皆さんも感じておられるところと思います。それを作成する医師の筆加減でおおよその結果が見えてしまう。「こんなことでいいのだろうか」と思いつつも、年金受給実現のために、医師に注文をつけたり、手心をお願いしたりと、大きな声では言いづらいことですが、すったもんだをしているのが現場の姿です。
私の前回の投稿で、日本の障害年金の認定基準が、障害の種類とそれの身体機能や行動への影響の度合い、生物的能力や生活能力の減退の程度が指標になっているのに対して、欧米の各国では、障害のために仕事ができない(そのために収入が得られない)ということが重要なポイントになっているということを記しました。
では、その欧米では、どのような手順で年金支給を認定しているのでしょうか。何とかしてそれらの国々の年金請求のための書類等が手に入らないだろうかと思ったわけです。
参考になるサイトを見つけることができました。日本国と外国の数か国との間に社会保障協定が結ばれていて、それぞれの国に居住した人等のために相互の国の年金が受給できるしくみができていますが、それに用いる書式等を閲覧することができます。日本年金機構のホームページにそれに関するページがありますので、参考にしてください。
http://www.nenkin.go.jp/agreement/download/index.html
障害年金請求において、医師の診断書を求めない国がありますし、診断書を求める国であってもその記載内容は日本とはかなり違います。
例えば、「オランダの障害給付法令に基づく障害給付の請求書(WIA)」では、請求者が記すべきことはかなり多量ですが、診断書については、
“Please enclose copies of medical information proving your incapacity for work.”
(就労不能を証明する医療情報の写しを同封してください。) とあるだけです。
そのような国で、診断書の書式がネットに載せられているものについて、その例を下に記します。
チェコ http://www.sia.go.jp/seido/kyotei/download/sinseisyo/cz02-8_1.pdf
カナダ http://www.servicecanada.gc.ca/eforms/forms/isp5871e.pdf
また、前回の投稿で、ILOの条約や勧告について言及しましたが、下記のサイトを参考にしてください。
ILO条約・勧告一覧
http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/standards/list.htm
1952年の社会保障(最低基準)条約(第102号)
http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/standards/c102.htm
1944年の所得保障勧告(第67号)
http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/standards/r067.htm
百瀬優氏は、関連の件で、いろいろな形で論文を発表されていて、それらの一部がネットから読むことができます。百瀬氏は、日本の障害年金制度を、世界の障害年金等の制度と見比べながら検討し、その制度設計、すなわち、制度の体系、障害認定、給付設計、財源調達等について考察し、そこから日本の障害年金制度や障害者の所得保障のあり方についての検討を試みられています。私の関心もそこにあって、氏の論述は私がこのことを考えるにあたって、多くの示唆を与えてくれます。
参考になる百瀬氏の論文のURLを記します。
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/570/570-03.pdf
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/18879205.pdf
世界の実態から見て、どうも不合理だと感じてしまう日本の障害年金制度の中にあって、現場では、いかに上手に障害年金を勝ち取るかということに関心が傾きがちです。でも、私が願うところは、このような学習と研究を通して、あるべき年金制度のスタイルを描き出し、国に対して提起・提案していける力量を付けていくことではないかと思っています。
私としては、日本における、明治の時代の恩給から、戦前の厚生年金保険の創設を経て、戦後の国民年金の構築過程において、現在の障害年金のスタイルを決定付けた契機をまとめる作業を進めていますが、これについては何かの機会にお伝えできればと思っております。
(2010.10.21)