経緯愚説(真木保臣) 国是七条(横井小楠) 御改正之一二端奉申上候口上書(赤松小三郎) 船中八策(坂本龍馬)
「経緯愚説」安政六年(一八五九) 真木保臣
久留米水天宮神社の神官、真木和泉守保臣(一八一三―六四)が安政六年(一八五九)五月、公家・武家伝奏の野宮定功に呈せんとして書いたもの。
経緯愚説
大凡事を為に大儀を以て終始を貫くものあり。経と名付べし。又或は先、或は後、時勢の宜に従て挙る事あり。緯と名付べし。今経と緯と分て、愚説のあらましを附と云爾。
経
一、宇内一帝を期する事
祈年祭祝詞の内、皇大神宮に奉告詞に、「狭国は広く、嶮国は平けく、遠国は八十繩打かけて引寄る事の如く」とある。即天祖の神慮にあらずや。然ばこそ古昔の御門は、蝦夷は云うもさらなり、粛慎・渤海・三韓・琉球まで皇化敷給ひ、中古までも坂上田村丸は日本中央の石を奥州南部の辺地に建たりといへり。勿論、我天津日嗣は宇内尽くうしはき給ふべき道理なり。魯西亜王ペトルが妻は、婦人にてさへペトルが遺業を益盛にして、我海内一帝たらんと志を立たりと聞。固り我国は大地の元首に居て、地理を以て四方に手を展るに甚便なり。一世にては成就すまじけれど、今日より始て其規模を定め、東より西よりいづれにても其宜に従ひ事を挙て、遙に天祖・列聖の御志を遂させ給ふこそ、我天子の孝とも申べき事なれ。
続き
《「日本思想体系 三八 近世政道論」(一九七六・五・二八 岩波書店)から》
「国是七条」文久二年(一八六三) 横井小楠
文久二年、政治総裁職に就いた松平春嶽の顧問であった横井小楠が、幕政改革の方針を「国是七条」としてまとめた。
大将軍上洛謝列世之無礼。
止諸侯参勤為述職。
帰諸侯室家。
不限外藩譜代撰賢為政官。
大開言路與天下為公共之政。
興海軍強兵威。
止相対交易為官交易。
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大将軍上洛して列世の無礼を謝せ。
諸侯の参勤を止めて述職となせ。
諸侯の室家を帰せ。
外様・譜代にかぎらず賢をえらびて政官となせ。
大いに言路をひらき天下とともに公共の政をなせ。
海軍をおこし兵威を強くせよ。
相対交易をやめ官交易となせ。
《引用・参考…源了圓「佐久間象山と小楠 -幕政改革をめぐる理論知と実践知-」(別冊『環』十七 横井小楠 1809-1869-「公共」の先駆者 二〇〇九・一一・三〇 藤原書店)、 岡崎正道「横井小楠の政治思想 -幕政改革と共和政治論-」( Artes Liberales No.64,1999 )》
「御改正之一二端奉申上候口上書」 .
慶応三年(一八六七) 赤松小三郎
上田藩赤松小三郎が、慶応三年五月十七日、松平慶永(春嶽)に提出した意見書。
御改正之一二端奉申上候口上書
一、天幕御合体、諸藩一和、御国体相立候根本は、先天朝之権を増し、徳を奉備、并に公平に国事を議し、国中に実に可被行命令を下して少も背く事能はざるの局を御開立相成候事。
蓋権之帰すると申は、道理に叶候。公平の命を下し候へば、国中の人民承服仕候は必然之理に候。第一天朝に徳と権とを備へ候には、天下に侍する宰相は、大君、堂上方、諸侯方、御旗本之内、道理明にして方今の事務に通じ万之事情を知り候人を撰て六人を侍せしめ、一人は大閣老にて国政を司り、一人は銭貸出納を司り、一人は外国交際を司り、一人は海陸軍事を司り、一人は刑法を司り、一人は租税を司る宰相として、其以外之諸官吏も皆門閥を論ぜず人撰して天子を補佐し奉り、是を国中の政事を司り且命令を出す朝廷と定め、亦別に議政局を立て上下二局に分ち、其下局は国の大小に応じて諸国より数人づゝ道理の明なる人を自国及隣国之入札にて撰抽し凡百三十人に命じ、常に其三分の一は都府に在らしめ年限を定めて勤めしむべし。其上局は、堂上方、諸侯、御旗本之内にて入札を以て人撰し凡三十人に命じ、交代在都して勤しむべし。国事は総て此両局にて決議之上、天朝へ建白し、御許容之上、天朝より国中に命じ、若御許容無きケ条は議政局にて再議し弥公平之説に帰すれば、此令は是非とも下さゝることを得ざることを天朝へ建白して、直に議政局より国中に布告すべし。其両局人撰之法は、門閥貴賤に拘らず、道理を明弁し私なく且人望の帰する人を公平に撰むべし。其局の主務は、旧例之失を改め、万国普通之法律を立、并に諸官之人撰を司り、万国交際、財貨出入、富国強兵、人才教育、人気一和之法律を立候を司り候法度御開成相成候儀、御国是之基本かと奉存候。
一、人才御教育之儀、御国是相立候基本に御座候事。
国中人才を育候法は、江戸、京、大坂、長崎、函館、新潟等之首府へは大小学校を営み、各其大学校には用立候西洋人数人づゝを雇ひ国中有志之者を教導せしめ、大坂に兵学校を建、各学科毎に洋人数人づゝ雇ひ国中兵事に志有る者を御教育相成、且国中に法律学、度量学を盛にし、其上漸々諸学校を増し国中之人民を文明に育候儀、治国之基礎に可有之候。
一、国中之人民平等に御撫育相成、人々其性に準じ充分を尽させ候事。
是迄人々性に応じて力を尽し候儀不同有之。遊民多くして農而已多く労し、他之諸民は運上少く候へば、第一百姓之年貢掛り米を減じ、士、商、工、僧、山伏、社人之類迄諸民諸物に運上を賦し、遊楽不要に関り候諸業諸品は運上の割合を強くし、諸民平等に職務に尽力し、士は殊に務を繁くし、国中之遊民、僧、山伏、社人、風流人、遊芸之師匠之類には夫々有用之職業を授け候御所置、治国之本源に可有之候。
一、是迄之通用金銀総て御改、万国普通之銭貨御通用相成、国中之人口と物品と銭貨と平均を得候御算定之事。
銭貨は天地之象に準じて万国一般円形に造り、且万国大凡普通之相場有之候へば、是に準じて銀貨、金貨、銅貨之割合大凡西洋各国と同様に御吹替、其大小品位も同等に造らず候ては、往々万国之交際に不斉を生じ、且交易通商之上に損害可有之候。又国中人口に比すれば銭貨不足に可有之、器財物品之不足なること甚し。故に銭貨を増し物品製造之術を大に盛にするに非れば、平均に至る事難かるべく奉存候。
一、海陸軍御兵備之儀は、治世と乱世との法を別ち、国の貧富に応じて御算定之事。
蓋兵は数寡くして利器を備へ熟練せるを上とす。方今の形勢に準じ候はゞ陸軍治平常備の兵数は都て凡二万八千許、内歩兵二万千許、砲兵四千許、騎兵二千許、他は築造運輸等之兵とすべし。右兵士は幕臣及諸藩より直に用立候熟兵を出し置四年毎に交代せしめ、其隊長及諸官吏は業と人望に応じて天朝より命ぜられ、望に応じて長く勤めしむ。其兵は三都其外要地に在て警衛を職とし、此常備兵之外、士は勿論、諸民皆其土地へ教師を出して平常操練せしめ、且有志之者は長官学校に入て学問せしめ、亦士にても望に応じて職業商売勝手次第行はしめて、往々士を減ずべし。海軍は速に開け難し。先海軍局へ洋人を数人御雇ひ、国中望之者其外合て三千人に命じて長官より水卒迄之業を学ばしめ、業の成立に準じて新に艦を造り亦は外国より買て備ふべし。即今常備之海軍は是迄御有合之御艦に人を撰て乗組を命じ、用立候程に修覆し、砲を増て備ふべし。尚国力之増すに従て兵制を改め、兵備も充分に相増し、殊に乱世には国中之男女尽く兵に用立候程に御備之御所置有之候儀、御兵制之本源に御座候。
一、舟艦并に大小銃其外兵器或は常用之諸品衣食等製造之機関、初は外国より御取寄せ、国中是に依て物品に不足無き様御所置之事。
諸物製造之局は、運輸之便利之地を撰て諸所に造営し、各局に西洋人を雇て伝習せしめ国中職人を増し、盛に諸物を製し候得へば、海陸兵用之利器海内に満足し、日用之諸品廉価にして良品を得べし。其洋人を雇ふ入費は、職人一ケ月之雇価食料合て凡二百より二百五十両許なるべし。此金は日本在留中大凡費すべければ、外国に持帰る貨は些少なるべし。故に洋人を雇ふこと少も厭ふべきに非ず。諸品製造局は往々是非開かざるを得ざる事なれば、此節速に御開相成候儀、当然と奉存候。
一、良質之人馬及鳥獣之種類御殖育之事。
蓋欧羅巴人種は亜細亜人種に勝ること現然に候得ば、国中に良種之人を殖育し候得ば自然人才相増、往々良国と相成候理に候。亦軍馬は外国之良種に無之候ては実用に不便に御座候。又牛、羊、鶏、豕之類衣食に用ひて有益之種類を殖育し、往々国民皆牛、豕、鶏之美食を常とし、羊毛にて織候美服を着候様改め候へば、器量も従て相増し、身体も健強に相成、富国強兵之基に可有之候。
此他御改正相成候ても国風人性に逆はざる事件何程も可有之候得ば、方今の無障事件丈は速に御改正相成、其他即今難行事は人智之開け候に応じて漸々御改正相成候儀、天理自然に可有之奉存候。斯く御国政にも関り候儀を奉申上候は甚奉恐入候得共、心附候儀を黙止仕候も却て不本意と奉存候間、浅見之一二端乍恐奉申上候。何卒被遊御尽力、方今適当之御国律相立、天幕御合体、諸藩一和相成候様奉懇願候。昧死稽首。
慶応三年丁卯五月
松平伊賀守内 赤松小三郎
〔『続再夢紀事』六〕
《「日本近代思想体系9 憲法構想」(一九八九・七・二四 岩波書店)から》
「船中八策」慶応三年(一八六七) 坂本龍馬
土佐藩論が大政奉還建白に決定した直後の慶応三年六月十五日、坂本竜馬が海援隊書記の長岡謙吉に起草させ、後藤象二郎に示した政治綱領。「船中八策」の名称は、竜馬が同年六月九日、後藤象二郎と長崎より兵庫にいたるその船中の協議で構想が成ったと伝えられていることに由来する。
船 中 八 策
一、天下ノ政権ヲ朝廷ニ奉還セシメ、政令宜シク朝廷
ヨリ出ヅベキ事。
一、上下議政局ヲ設ケ、議員ヲ置キテ万機ヲ参賛セシ
メ、万機宜シク公議ニ決スベキ事。
一、有材ノ公卿諸侯及天下ノ人材ヲ顧問ニ備ヘ官爵ヲ
賜ヒ、宜シク従来有名無実ノ官ヲ除クベキ事。
一、外国ノ交際広ク公議ヲ採リ、新ニ至当ノ規約ヲ立
ツベキ事。
一、古来ノ律令ヲ折衷シ、新ニ無窮ノ大典ヲ撰定スベ
キ事。
一、海軍宜ク拡張スベキ事。
一、御親兵ヲ置キ、帝都ヲ守衛セシムベキ事。
一、金銀物貨宜シク外国ト平均ノ法ヲ設クベキ事。
以上八策ハ、方今天下ノ形勢ヲ察シ之ヲ宇内万国ニ徴
スルニ、之ヲ捨テヽ他ニ済時ノ急務アルナシ。苟モ此
数策ヲ断行セバ、皇運ヲ挽回シ、国勢ヲ拡張シ、万国
ト並立スルモ亦敢テ難シトセズ。伏テ願クハ、公明正
大ノ道理ニ基キ一大英断ヲ以テ天下ト更始一新セン。
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〔『坂本竜馬関係文書』一〕
《「日本近代思想体系9 憲法構想」(一九八九・七・二四 岩波書店)から》