精神病・精神薄弱に関するケネディ大統領教書/1963.2.5
(日本精神神経学会精神衛生法改正対策委員会・日本精神衛生会 訳) 教 書 健康改善の分野において、わが国の最も緊急な課題に関する教書を、簡潔に議会に対して送るものである。ただ二つの問題に限ってであるが、この二つは非常に重大であり、かつ悲劇的なものである故に、しかも公的措置によってこの二つが改善され得る可能性が、従来払われていた注意に比べて、はるかに大きいものであるが故に、新しい国策として議会に提出する特別教書に価するものである。このいわば双生児的な問題とは、精神病と精神薄弱の問題である。 公衆衛生局の初期の時代から、国立精神衛生研究所の最近の研究に至るまで、連邦政府は保健問題に対処するため、公的エネルギーを援助し、刺戟し、その道をつけることをその責任としてきた。伝染性疾患については、今や概ね制御が可能となり、主な身体疾患のほとんどが、その原因と治療を見出そうとする人類のたえまない努力の前に敗北しつつある。しかし、精神障害に対する公衆の理解や、その治療・予防は、近代史の初期以来、未だこれに比肩すべき進歩をとげていない。 しかも、精神病および精神薄弱は、われわれの直面する保健問題のうちで、最も火急のものである。この二つは他の疾患よりもはるかに頻度が高く、多数の人びとをおかし、きわめて長期にわたる治療を必要とし、患者の家族に極度の苦痛を与え、きわめて大量の人的資源を浪費し、国家財政および個々の家族の大きな経済的負担となっている。 こういう患者のうち、約六〇万人は精神病院に、約二〇万人は精神薄弱施設におり、あわせて八〇万人の患者が病院・施設に収容されており、毎年一五〇万人に近い患者が、精神病院と精神薄弱施設において治療を受けているのである。患者の大多数は、時代おくれの巨大で超満員の州立病院に、すし詰めの状態で閉じこめられ、患者の治療費は一日僅か四ドルの平均支出である。この額は患者一人にとって余りに小額で、これではほとんどなにもしてやれないのである。しかし、精神衛生関係費を有効に使うという点でいえば、全体的に小額とはいえない。州によっては、平均一日二ドル以下しか支出できぬところもある。 納税者である国民に課せられたこの税金の総額は、年間二四億ドルを超え、これが直接公的経費にあてられているのであって、約十八億ドルが精神病、六億ドルが精神薄弱の対策にあてられている。これに福祉対策費や人的資源の浪費という間接的な公的支出を加えれば、さらに莫大なものになる。しかも患者自身と家族の苦悩は、こういう財政的な数字を超えたものである。ことに精神病と精神薄弱はいずれも幼児期に発病することが多く、一生患者にとって障害となり、その家族には生涯の苦労となるのである。 こういう事態は、今まで余りにも長い間、放置されてきた。それは、われわれ国民の良心の痛みであったが、また、口にするのも不愉快で、容易にあとまわしにでき、しかもその解決はほとんど絶望的な問題であった。連邦政府は、その問題が国家的に重大であるにもかかわらず、解決を州政府にまかせ、州政府はその解決を監置的な病院や施設にまかせてきた。これらの病院・施設は、職員不足、過剰入院、居心地の悪さといった点で、はずべき状態にあり、この施設からのがれ出る唯一の確実な希望は死のみであった。 今や大胆で新しい対策の望まれるときがきた。新しい医学的、科学的、社会的技術をかれらに適用することが可能なのである。議会、行政当局、関連する民間団体によって行なわれた一連の綜合的研究が実を結び、その結論のすべてが同一方向を示している。 連邦、州、地方のあらゆる段階における行政府は、民間財団や個々の市民とともに、この領域におけるおのおのの責任を果すべく、立ち上らなければならない。われわれの主な攻撃目標は、次の三点におかれる。 第一に、精神病と精神薄弱の原因を追及し、これをなくさなければならない。「一オンスの予防は一ポンドの治療にまさる」のであり、予防のほうが関係者にとってはるかに望ましいからである。それは、はるかに経済的で成功の可能性が高い。予防をすすめるには、既知の原因に対する特別計画が必要であり、精神薄弱と精神病に関連する不利な環境条件を有効に排除・矯正できるような、基本的な地域社会対策、福祉対策および教育計画の強化が必要である。以前に私が議会に送った教育に関する教書と、近いうちに送る予定の国民健康に関する教書に述べた諸提案がこの目的達成に役立つであろう。 第二に、将来長年にわたって行なわれる精神障害に対するわれわれの闘いを開始し、これを持続させるために、必要な知的資源の強化、とくに専門家の増強を行なわねばならない。各種の専門職員が精神病者と精神薄弱者のために役立つのであり、現存する訓練計画を充実させ、新しい諸計画を推進させなければならない。何故ならば今後十年以内に、これらの領域に働く専門職員を数倍に増やさないかぎり、われわれの努力は実を結ばないからである。保健関係職員の訓練・教育に関する私の提案は、この目標に不可欠である。すでに提案されている青少年雇傭計画と国家的サービスとは、ともにきわめて有力な助けとなるものであり、また、精神の欠陥や障害を予防し治療する方法を知るためには、研究への努力を拡充強化しなければならない。 第三に、精神病者と精神薄弱者対策ならびに施設の強化改善をはからなければならない。とくに精神障害者が治療され、その機能をできるだけ回復させるように、時宜を得たしリかも集中的な診断、治療、訓練およびリハビリテーションが強調されねばならない。精神病者と精神薄弱者に対する対策を、地域社会に直結したものとし、地域社会の要求にこたえるものとしなければならない。 私はここに目的を置いて、新しい精神病・精神薄弱対策を提案する。この対策は、大まかにいえば、州、地方自治体ならびに民間活動を促進させるために、連邦政府の資金を投入する企画である。これが実行されると、従来の監置的隔離という冷たいやり方に代って、開放的で温かい地域社会の関心と能力が示されるようになるだろう。患者を施設に閉じこめ、衰えさせてしまうという無関心さは、予防、治療およびリハビリテーションによって代られるであろう。 減税期における国内支出削減の努力のなかで、私は新規計画を延期し、あらゆる分野で追加支出をできるだけ削減してきた。しかし、精神障害に対する国策の転換は、一刻も延期できない。監置主義の施設にいる多数の精神障害者や、地域社会にあって援助を必要とするさらに多くの人々を、十分な治療もせずに放置しておいて、「資金が足りない」「将来の研究に待つ」「今後を約束する」といった口実で、余りにも長い間正当化されてきた。われわれはもう一刻の猶予も許されない。ここに国家的精神衛生計画および精神薄弱に対処する国策を提案し、速かな議会の関心を要望するゆえんである。 T 精神衛生に関する国策 私は精神病者の医療にまったく新たな重点施策と方針をうちだすために、国家的精神衛生対策を提案する。この対策は、多くの精神病者が在宅のままで有効な治療を短期間受け、有用な社会の一員として復帰できるようにした最近の研究と発見、すなわち新しい知見と新薬にその多くを負っている。 こうして突破口が開かれ、者を患社会から隔離し、長期ときには半永久的に、巨大で憂うつな精神病院に押しこめ、われわれの視野から抹殺し、忘れ去っていくといった従来の治療法は、今や古めかしいものとなった。私はこのような病院の状態を改善しようと努めた多くの州の努力や、病院職員の献身的奉仕に対し敬意を払うものである。しかし一九六一年の精神疾患および精神健康に関する合同委員会が指摘するように、こういう仕事は座折しがちであり、その成果も明るいものではなかった。 州によっては、五千、一万、時には一万五千人の患者を、職員不足の巨大な施設につめこまらざるを得ない状態である。その多くが経済的理由のためとされているが、こういうやり方は、人的にも損失であり、真の経済的見地からみれば高価につく。このことは次の統計が明らかに物語っている。 州立二七九施設の五分の一近くは火災の危険にさらされ、非健康的であり、その四分の三は第一次世界大戦以前に開設されたものである、洲立精神病院に入院中の五三万人の患者の約半数は、三〇〇〇床以上の施設におり、個人的な医療や考慮が払われることは、およそ不可能である。これらの施設の多くは、必要な専門職員数の半ばにも達せず、患者三六〇人に対して一名の精神科医がいるかいないかという状態である。しかも入院患者の四五%が十年以上継続的に入院している。 しかし明るい材料もある。それはここ数年、次第に増えていた施設へのつめこみ傾向が、逆を向いてきたことである。それは、新薬の使用、精神病の本質に対する公衆の理解の増大、綜合病院における精神病床、昼間通院施設(デイ・ケア・センター)、外来精神科施設などを含む地域社会施設が設置されるようになったことによる。地域社会の綜合病院では、一九六一年に二〇万人以上の精神科患者を治癒退院させているのである。 私は確信する。もし医学的知識と社会の理解が十分に活用されるなら、精神障害者はごく少数を除いてほとんどすべてが、健全で建設的な社会適応をかちとることができる。精神病のなかでも最も多い精神分裂病が、三人のうち二人までは治療可能であり、六カ月以内に退院させることができることが実証されている。だが現在のような状況では精神分裂病の入院期間は平均十一年に及んでいる。十一の州では近代的な技術によって、精神分裂病の入院患者は、十人のうち七人までが九カ月以内に退院している。さらに一例として、ある州では要入院の患者に対して敢えて入院に代る方法を計画した結果、患者の五〇%を在宅のままで治療するのに成功した。精神障害に対する一致した国策が今こそ可能であり、意義あるものとなった。 広汎な新しい精神衛生対策を押し進めるならば、十年か二十年のうちに、現在監置的医療を受けている患者の五〇%以上を減らすことができよう。多くの患者が自分自身にも、家族に対しても、苦しみを与えずに家庭で生活させられるようになり、入院患者の社会復帰も促進されるだろう。患者はほとんど例外なしに、有益な人生をとりもどすことができ、精神病にともなう家族の不幸をなくすことができる。そしてわれわれは公的資金を節約し、人的資源を保存することができるのである。 1 総合的地域社会精神衛生センター 新しい精神衛生対策の中心は、総合的な地域社会対策である。現行の入院保護は時代おくれであり、これに対して引つづき国費を注ぎこむだけでは、従来のやり方と大差がない。必要なのは新しい型の衛生施設であり、精神衛生対策をアメリカ医学の主流にもどし、同時に精神衛生サービスを向上させることである。ここに私は議会に対して、次の諸点について許可を与えるよう勧告する。(1) 各洲に対し一九六五会計年度から、総合的地域社会精神衛生センターを建設するための予算と、計画に要する費用の四五ないし七五%を連邦政府が提供すること。(2) 総合的地域社会精神衛生センター設立当初の職員充足費として、短期補助金の七五%を連邦政府が計上し、その後漸減する方針で、四年程度の期間に上記経費の提供を打切ること。(3) 国立精神衛生研究所の指導のもとに、新しい地域社会対策の準備を促進させるため、建設または職員任用に要する準備費として、四二〇万ドルを計上すること。この計画資金は一九六三会計年度に承認された同種の予算額に追加して、私が提案した一九六四会計年度予算に包含されている。 綜合的地域社会精神衛生センターの基本概念は新しいものであるが、そこに組まるべき要素は、現在でも多くの地域社会に見出すことができる。即ち、診断、判定機関、精神科緊急病棟、外来診療所、入院設備、昼間通院施設、夜間病院、里親保護、厚生指導、地域社会の他機関への相談指導および精神衛生の広報並びに教育活動などである。 このセンターは地域社会の諸資源に焦点をあわせ、精神衛生対策のあらゆる面において、よりよい地域サービスを提供する。治療とともに予防も主たる活動になる。センターが自分自身の地域社会内に存在していることは、患者の要求をよりよく理解し、その回復によりふさわしい環境を保つことを可能にする。患者の要求が変るに従い、異なったサービスへ、なんらの遅延も困難もなしに患者は動くことができ、診断サービスから治療サービスへ、厚生指導へと移動することができ地域にある別の施設へ移る必要がなくなる。 連邦の援助を受ける綜合的地域社会精神衛生センターは、地方のさまざまな組織の援助を受けることになる。連邦政府はかつて有効だったヒル・バートン方式によって、その建設をすすめ、公共基金または民間の非営利基金に釣合う支出を与える。理想的には、このセンターを地域社会の適切な綜合病院に設置するのが望ましい。綜合病院の多くがすでに精神科病棟を持っており、こういう綜合病院の医療設備をいちどきにまたは数段階にわけて、補充することによって綜合的な計画を遂行することができる。あるいは現存の精神科外来診療部がこういうセンターの中核となって、仕事を拡大し、地域社会にある他の機関との統合を図ることもできる。センターはその他種々の援助のもとに、たとえば州や郡政府または非営利民間団体の援助のもとに、州立精神病院の分院のような形ででも、効果的にその機能を発揮することができる。 開業医、精神科医および他の専門医を含む非常勤医はすべてセンターの仕事に直接参加ないし協力することが望まれる。これによって始めて、多くの開業医は外来治療にも入院治療にも、直接かつ迅速に動員できる専門助力職員の配置された精神衛生施設で、自分の患者を治療する機会を持つことになる。 このセンターは本来は地域社会の精神衛生上の要望に応えるために計画されるが、精神薄弱者に対しても、情緒的な問題があれば来所できるようにすべきである。センターはまた、専門治療家の指導や、親や学校や保健所その他の公的・私的機関など、精神薄弱に関係する機関への相談助言を提供すべきである。 センターによって提供される医療は、他の医療費や入院費と同じように扱われねばならない。かっては精神病の予後が例外なくわるく、長期の、時には終身の治療を必要とすることが少なくなかったので、一般医療費と同じに扱うのは適当でなかった。しかし精神安定剤や新しい治療法によって、精神病は今日では比較的短期間に、何年というのではなく何カ月とか何週間とかで、きわめて高い治療率でなおるようになった。 その結果、患者の個人負担金、個人保健、団体加入保険、第三者による医療費負担、民間の援助、州・地方自治体の援助は、これらの対策が整備され次第、患者の医療のための継続的負担にたえられるようになる。長期にわたる連邦政府の財政補助は不必要であるばかりでなく、望ましいものではない。しかし多くの地域社会にとって、新しく着手する高価な事業なので、センターを設置し運用するための初期段階の負担に見合う連邦の臨時援助資金が望ましい。この援助は目的に適った刺戟であり、漸減の方針で数年後には打ち切りにする。 地方財政および民間財団によるこの方式の成否は、健康保険計画とくにわが国経済における民間企業の健康保険が十分に整備されているかどうかにかかっている。最近の調査によると精神衛生のための医療、とくに新しいセンターの事業の重要部分である診断および短期治療の費用は、比較的廉価に保険化できることがわかっている。 私は健康・教育・福祉省長官に対し、民間の任意健康保険の拡充を奨励して、精神衛生医療をそのうちに含める措置を研究するように指示した。私はまた、連邦政府公務員に対する健康管理計画のような現行の連邦の保険計画を検討し、精神衛生医療を増強するために、新しい処置が必要かつ望ましいかどうかについて検討をはじめた。 この綜合的地域社会精神衛生センターは、準備ができ次第、できるだけ早く活動し始めなければならない。必要な人的資源と設備が準備され次第、計画の初期数年間にすべての主な地域社会に拡大されるよう大きな努力を展開することを提案する。 ここ数年のうちに、州および地方自治体の援助により増強された精神衛生保健計画と、州精神科施設からの州レベルの資源の再編成とがあいまって、地域社会中心の精神衛生対策を確立し、国民に役立てるというわれわれの目標達成を促進あせる。 2 州立精神科施設における改善された医療 地域社会精神衛生センター計画が十分発展するまでは、既存の州立精神科施設における医療の質の向上が要望される。施設の治療的機能を強化し、地域社会に役立つ開放された施設になることによって、この多くの施設は過度的役割を立派に果すことができる。州立精神病院が集中的なモデル的研究や試験的研究を行って医療の質を向上させ、これらの施設に配置する職員の現任訓練が行えるよう、連邦政府の物質的援助が可能である。これは入院治療と現任訓練との実験計画に、特別交付金を与えるという形で行われるべきであり、この目的に対して一、〇〇〇万ドルの支出を提案する。 3 研究および人的資源 精神衛生に関する主な国家計画を提出したとはいえ、まだまだ知らねばならぬことが沢山ある。心理過程の基礎的並びに応用的研究、治療、精神疾患に関する他の研究分野に活動する開拓的な研究者を支援する努力をゆるめてはならない。さらに多くの研究結果を実践に移し、それを改善していくことが必要である。私は精神疾患および精神衛生における臨床的研究、実験研究、地域調査を拡充していくことを提案する。 われわれがいかに速やかに研究成果を拡大し、精神衛生の分野における新しい行動計画を推進させることができるかは、訓練された人的資源が利用できるかどうかにかかっている。現在、人的資源の不足は中心的専門職および補助職員のほとんどすべての範疇におよんでおり、精神科医も臨床心理職も、ソーシャル・ワーカーも精神科看護者も不足している。計画を成功させるには、これらの分野におとる専門職の人的資源を急増しなければならない。すなわち、一九六〇年当初の四万五千名から一九七〇年にはおよそ八万五千名の供給が必要になる。この目標に対する対策として、私は年度会計よりも一千七百万ドル多い六千六百万ドルを、職員訓練費として充当することを勧告する。 さらに私は、精神科施設および地域社会センターに雇傭する精神科看護助手とその補助員の研修を援助するため、人的資源開発訓練法規(The Manpower Development and Training Act)を発動するように指示した。 しかしこの特別訓練計画を成功させるには、計画がすべて基礎的訓練計画の上に立てられていなければならない。この新しい精神衛生計画の成功のためには、議会が医師および関連領域の保健職員を訓練する援助を裏ずける法律を制定することが不可欠である。 その対策として、間もなく議会に提出する衛生教育のなかで、相当ページにわたって論じられるであろう。 U 精神薄弱に対する国策 精神薄弱は多くの原因から起る。蒙古症、出産時外傷、感染症、その他の条件がもとで起り、知能の発達が遅れたり、とまったりして学習能力や社会的適応能力が阻害きれる。ひとたび損傷が起れば、無能の状態がおそらく一生涯つづくことになる。しかし早期発見、適切な医療および訓練が加えられれば、社会的能力および個人的適応や個人的行動に著しい改善が見られる。 精神薄弱の看護.治療およびその原因と治療についての研究は、精神病の場合と同じく長い間無視されてきた。精神薄弱は国家の主要な保健上、社会的、経済的問題であり、われわれの最も大切な資産である子孫に打撃を与える。 糖尿病の一〇倍、結核の二〇倍、筋萎縮症の二五倍、小児麻痺の六〇〇倍ものものが、精神薄弱の障害を受けている。約四〇万に上る児童が常時看護または指導を必要とするほど遅れており、そのうち二〇万は施設に入所している。五〇〇万ないし六〇〇万の精神薄弱児童および成人がおり、これは、人口の推定三%にあたる。このおそるべき統計にかかわらず、また民間団体の賞賛すべき奉仕にもかかわらず、十年前までは精神薄弱者とその家族のために特殊施設を設置した州衛生部は、実に一つもなかったのである。 州および地方自治体は精神薄弱者の施設療護に年間三億ドルを支出しており、二億五千万ドルを特殊教育、福祉、更生指導その他の保障に支出している。連邦政府は本年、精神薄弱者に関する研究、訓練および特殊事業に対して三千七百万ドルを予算に組み、かれらの収入安定のためにその約三倍を支出する予定である。しかしこれらの対策は断片的かつ不十分なものである。 精神薄弱は階級、信仰、経済水準にかかわりなく、児童をおかし、毎年一二万六千におよぶ新しい事例がみられる。しかし、恵まれぬ人や貧窮者のあいだに頻度が高く、より重い事例が多く、教育程度が低くて収入の少い家族が密集する市部の共同住宅地域と郡部の下層地域に最も頻度が高く、かつ最も重症者が多いのである。 精神薄弱の発生率についてみても、きわめて顕著なちがいが見られる。すなわち、第二次大戦中、精神薄弱のため徴兵免除になったものは、低所得州では他の州の約一四倍であり、スラム地区における精神薄弱児の学令児童に対する割合は、場所によっては一〇ないし三〇パーセントにおよぶが、同じ都市の富裕地区ではわずかに一ないし二パーセントにすぎなかった。 われわれがこの分野で大きな進歩をする門口に立っていることは、疑いないことである。精神薄弱の一五パーセートから二〇パーセントは、その正確な原因を医学によって証明できるが、このこと自体大きた発展である。こうして発見された事例は多くの場合、重症の器質的損傷疾患による大きな脳の損傷である。この型の重症精神薄弱は、中等度の精神薄弱に比べて、地域的な差はすくない。しかしここでもまた、貧窮家庭はそれだけ多くの苦痛を与えられている。中等度の精神薄弱の大部分が、現在の生物医学の技術では特有の身体的、神経学的欠陥についての診断がつかないのがふつうであるが、研究によってその特殊原因は急速に判明しっつある。たとえば妊娠初期三カ月における風疹、新生児の血液におけるRH因子の不適合、乳児の鉛毒、フエニール・ケトン尿症やガテクトーゼ欠乏症その他の原因がこれである。 精神薄弱についての特殊原因の多くは、まだ依然として不明確であるが、私が一九六一年に依嘱した委員会で集めた社会経済的・医学的根拠では、社会的、経済的、、文化的な逆境因子が、主要な原因的役割を果すことがわかった。生活必需品、成功の機会と動機に欠けた家族に、全国精神薄弱児のかなりの部分があつまっている。一般健康に好ましくない要因も大きな原因になっている。とくに出産前後の保健指導が欠けると、脳損傷児が生れたり、身体および神経系の発育不全になる。乳幼児死亡率の高い地方は、また精神薄弱の高い発生地域でもある。出産前の保健指導が不十分な女性ほど、精神薄弱児を生みやすいということを示す研究もある。しかし発生要因や遺伝要因その他の生物医学的要因も、精神薄弱の原因に大きな役割をもっている。 アメリカ国民は必要に応じて政府に働きかけ、精神薄弱をできるだけ予防しなければならない義務があり、現在するのを治療しなければならない責任がある。そこで私は苦悩に打ちかつための綜合的計画の実行にとりかかることを勧告する。成功に価する計画とは、たんに精神薄弱の特殊原因を究明して、それを統制しようとするだけではなく、精神薄弱にきわめて密着する社会の広汎な問題に解決を求めるものでなければならない。 私が委嘱した委員会は、医学が解明した特殊原因とともに、精神薄弱の発生に密接に関連する社会的、経済的文化的な悪条件の解明という「広域攻撃」を行なえば、現在の知識によって精神薄弱は予防し得るという結論を出している。同時に、発生学者から社会学者にいたる多くの分野の科学者を糾合して最善の努力を払い、上述の範疇のすべてにおいて研究を行わなければならない。 精神薄弱は通常、出産時や乳幼児期におこるものであるという事実、高度に専門的な医学的、心理学的ならびに教育学的検討が不可欠であること、精神薄弱者の生涯にわたる親密かつ独得な社会的、教育的、職業的指導、これらすべてが、この特殊問題に対して蘇合的対策の展開が必要であることを示すものである。 1 予 防 この対策のうちで最も優先的に着手せぬばならぬことは、予防である。われわれの広汎な保健、教育、福祉および都市更生計画は、社会経済的悪条件の解決に大いに貫献するであろう。もっと適切な医療、栄養、住居、教育の機会が与えられたら、すでに他の諸国で示されているように、精神薄弱の発生率を大巾に低下させることができる。私が教育教書のなかで、議会に対して行ったアメリカの教育強化に関する提案は、近い将来に提出する保健に関する教書に述べられる提案と相まって、上記の目標に貢献するであろう。 綜合的母子保健と教育事業の改善に対する新しい計画が必要である。とくにスラムおよび貧窮地区におけるこれらの対策の発展に、考慮が払われなければならない。出産前の指導をうけていない妊婦では二〇%に未熟児が生れるが、これは十分な出産前指導を受けた妊婦に比べて、二倍ないし三倍である。未熟児は熟産児に比べ、二、三倍の身体欠陥があらわれ、五〇%多く熱病にかかりやすい。極度の未熟児では約一〇倍の精神薄弱が生ずるといわれている。 この数字は出産前指導の欠如と精神薄弱とに関係があることを示しており、貧困と医療の欠乏はこの問題の根本要因である。人口一〇万以上の都市において、推定三五%の母親には医療が行きとどかず、十三八の大都市では年間推定四五万五千の女性が、産前産後の健康管理を十分に受けるだけの支出ができないでいる。大都市の公立病院に入院中の母親のうち、二〇ないし六〇%が出産前指導をほとんどまたは全然受けておらず、精神薄弱はこのような地域に起りやすいのである。 現行の州および連邦の児童保健計画は、有用かつ必要な役割を演じてはいるが、この施度に危険をはらんだ集団に対して、必要な綜合対策を規定していない。州および地方自体が、精神薄弱その他の児童期障害に対して、医学が展開した新しい治療法によって、速かに対処できるように、私は次のことを提案する。すなわち、 a 州および地方自治体の保健部において、必要な医療費を支払えず、きわめて危険の多い集団の家族を援助することを原則とした綜合的な母子保護事業計画の企画、実行、発展を促進するための補助金交付の新五カ年計画。この補助金は医療、入院その他の看護サービス提供したり、妊婦診療所を増設するのに使われる。これによって母親たちは、産前産後の医療を受けやすくなる。私は計画ごとに支払う建まえで、初年度に五百万ドルをわりあて、第三年度までに年間三千万ドルにひきあげることを勧告する。 b 現在、母子保健に対する連邦予算は、年間二千五百万ドルが計上されているが、これを倍増してその相当部分を精神薄弱のために支出すること。 c 肢体不自由児に対する現行連邦予算、二千五百万ドルを向う七年間に倍増すること。 精神薄弱を生みだす文化的、教育的欠陥も防止できる。都市や農村のスラムで、就学前の子どもを含めて多数の児童が、知能発達に必要な適切な刺戟をもたないことが、研究によって明かにされた。器質的欠陥がなくても、逆境に長く置かれ、学習の機会や刺戟に恵まれないこと、結局子どもの心の発達を妨げることになる。そのほか、学習の適切な機会が十分早期に与えられれば、これらの恵まれぬ子どもたちも、恵まれた環境の子どもたちと同じくらいの結果が挙げられることも研究されている。こういう知的阻害の悪循環は、これ以上つづけさせてはならない。 最近、私は教書に関する教書で、初等・中等教育の補助金のすくなくとも一割は、とくに市部・郡部のスラムや貧窮地の教育の機会を向上させ、かつ可能にするための特別予算として州がふりむけるべきであることを勧告した。私は再び議会に対して、この勧告に特別の考慮を要請したい。これは保護の必要な地域おける教育の質の向上と機会均等に役立つばかりでなく、恵まれぬ文化環境にある地域の児童における精神薄弱を防止するのにも役立つ人道的な仕事である。 2 地域社会政策 精神病の場合と同様、精神薄弱者に対する地域社会施設とその対策は、緊急の問題である。われわれは時代遅れの隔離された監置的施設を使うことをやめて、一連の時宜を得た診断、保健、教育、訓練、リハビリテーション、雇傭、福祉および法的保護の援助を与える地域社会中心の機関を考えていかなければならない。 家庭で家族が看護しきれない児童および成人の精神薄弱に対しては、新しい型の施設の援助が必要である。 精神薄弱者に対する綜合的な新しい対策を発展させる鍵は二つある。第一に公衆の理解と、あらゆる問題に対処するための地域社会計画がなければならない。第二にあらゆる領域におよぶ要求を満すため、精神薄弱者対策に連続性をもたせなければならない。州および地域社会は何か必要であり、どんな資源があるかを評価し、現在の計画を検討し、これらの目標達成のために、州および地域社会の綜合対策の第一歩をふみだす必要がある。公衆の認識をたかめ、綜合計画をおし進めるために、私は州が精神薄弱に関する要求と計画を検討する経費として、特別な事業支出計画を確立する立法措置を勧告する。 この目的のため、総計二〇〇万ドルが必要である。提案した州機関を選んでこの補助金が分配されるのを原則とする。この財政援助の目的は、すべての州に精神薄弱者のあらゆる要求に応じられる結合的、統一的な計画を展開しはじめる機会を与えることにある。保健関係の施設および対策を計画するための追加予算は、私が近く提出する保健教書に勧告する公衆衛生局拡充計画から活用できる。 これらの調査によって適切とされ、立案された施設を州および地方自治体が建設するのを援助するため、私は議会に対して精神薄弱者の綜合的治療、訓練および看護のセンターを含む公立および非営利団体の施設の建設に見合う予算の計上を議会が承認することを勧告する。すべての地方自治体が、広汎な保健対策および設備を計画するにあたって、精神薄弱者の保健上の要求を満たすに足りる設備をするように奨励しなければならない。 精精神薄弱者の療後は伝統的に医学学習や看護教育の中心課題ではなかったので、とくに優れた大学の施設を拡充して、精神薄弱者の療法を改善し、専門職員を訓練できるようにすることが、とくに重要である。私が提案する法律では、補助金の交付される種々の設備のうち、次の施設の建設に対して、連邦基金からの補助金が認められる。(1) 精神薄弱専門家の勤務する大学附属病院における必須の部分としての入院患者の臨床病棟、(2) こういう病院に附属した診断、評価および治療のための外来診療部と、それに含まれる訓練設備、(3) 児童局が資金を出しているものをも含めて、現存する州・地方自治体の計画による精神薄弱者対策のための遠隔な都市・郡の衛星配置診療所であって、大学が関与するもの。一九六五年の施設総予算額から、以上の目的に対して年間五〇〇万ドルの援助があてられ、それは今後数年聞に一千万ドルに増額される。 こういう臨床施設と教育施設は、精神薄弱者に対してすぐれた療護を与える。また、医師、看護者、心理技術者、ソーシャル・ワーカーおよび言語治療者その他の治療技術者や、精神薄弱専門家に対する教育訓練機関の増強にもなる。これらの施設の運営は、州・地方自治体および民間財団の基金によって賄われるであろう。児童局、公衆衛生局、教育庁、労働省による現行および提案中の諸計画は、実験的目的と職員の訓練に対して、補助的に役立つ。 精神薄弱に対する全面的対策には、特殊教育、訓練およびリハビリテーション活動を拡充させる必要がある。有資格の教師、大学の講師、施設長、監督指導者の不足が主な原因となって、現在学令期の精神薄弱児一二五万のうち、わずか四分の一が特殊教育を受けているに過ぎない。最近四年間に、連邦政府の援助によって、指導職員の訓練は少しつつ好転してきたものの、精神薄弱児を含めて障害児の教師は、数の上でも訓練の上でも、依然としてはなはだ劣勢である。教育に関する教書で、私が指摘したように、障害児に対する大学の講師や特殊教育の教師養成を増強する法律が必要となっている。 私は教育庁に対して、学習過程の研究に重点をおき、その研究成果を精神薄弱児の教育に早く適用し、カリキユラムの改善の研究を助成し、教育用具をととのえ、特殊教育教師の訓練を促進することを要請している。 職業訓練、青少年雇傭、職業更生指導計画はすべて、精神薄弱者の潜在能力の啓発に役立つ。すでに勧告したように、職業教育体系の拡大と改善が必要である。私はまた、必要な青少年雇傭計画についての提案を、次の教書で述べる心算である。 現行のリハビリテーションの仕事は、初めから職業への潜在能力がはっきり確認できる障害者だけに与えられている。このため、精神薄弱者はしばしば職業更生指導計画からしめ出されている。私はリハビリテーションのサービスを、精神薄弱者に対しては一八カ月までひきのばし、職業的に更生できる能力があるか否かを決定することができるような立法措置を勧告する。私はまた、公的機関や民間非営利団体がリハビリテーション施設および作業場の建設、整備、職員配置にあたって、精神薄弱者のために特殊計画を展開するのを援助する新しい立法措置を勧告する。 州立精神薄弱者施設は極めて財政困難で、職員は不足し、超過入院が目立っている。療護水準はきわめてひくく、実際の現場を見ると良心が傷けられるほど、ひどいのがつねである。 私は州立精神薄弱者施設に対する現行の特殊計画予算法規によって、初年度は五百万ドル、つづく数年には少くとも一千万ドル台に引き上げることを勧告する。 この補助金は、健康教育福祉長官の基準に適合すると認められる有望な計画が提出されたばあい、施設従業員の教育訓練を促進するような実践、研究、試験的計画によって、施設内の治療看護の内容向上を計ろうとする洲立施設に与えられる。 3 研 究 この領域における最大の目標も、依然として精神薄弱の原因と治療法を発見にある。このためには、われわれはこの問題に関連ある科学知識の応用できるように、あらゆる資料をひろく集めなければならない。これには、医学者、行動科学者、その他もろもろの学者の研究が必要になる。第八七議会において発足された新しい国立児童保健・発達研究所は、すでにこの目的に向って躍進しはじめている。 ここで私は、精神薄弱という難問をさらに追求するために専門家要請を兼ねた人間発達研究所といったセンターを設立する法律を勧告する。一九六四年の予算には、こういうセンター三カ所分が組まれているが、最終目的としては臨床的、実験的、行動科学的、社会科学的研究のための十カ所のセンターが設立されるべきである。これらの問題の重要性は、わが国最高の学究が働くのに価するものである。この解決は決して一つの方法や一つの科学によって解明されるものではなく、したがってこのセンターは諸科学の綜合を基盤として設立されなければならない。 同じように、子どもの健康を守る技術をさらに発達させ、それを利用するために、私は新たに児童局に母子保健と身体障害児の研究機関を設置することをすすめている。 くり返していうが、専門家の不足は研究をも実際の仕事をも、窮地に陥しいれている。 現在利用できる医療・看護の訓練センターの不足のため、精神薄弱問題における臨床的な焦点に欠けるところがあるのは、まさに精神医学の訓練センターが不足しているため、精神障害者の治療に欠けるところがあるのと同様の状態である。 われわれは国民として、今まで長い間、精神病者および精神薄弱者を無視してきた。このような無視はわれわれが同情と尊厳の理念を守り、人的能力を最大限に活用しようとするならば、すみやかに是正されなければならない。 この伝統的な無関心さをなくして、国中のあらゆる層、地方、州、個人、すべての行政機関の段階において、力強い遠大な計画を実行に移さなければならない。 そのためにはわれわれは次のことを実行しなければならない。 すべての精神障害者に、社会のあらゆる恩恵をわかち与えること。 精神病および精神薄弱の発生を、いついかなる場所においても防止すること。 精神障害になったものを、早期に診断し、社会においたままで持続的かつ綜合的な治療・看護を行うこと。 精神障害に対する洲立・私立の病院・施設における治療・看護の水準を向上させ、地域社会中心の計画に切りかえさせること。 これらの施設に閉じこめられた人びとを、数年にわたって、毎年数百人、数千人とその数を減らしていくこと。 精神病者と精神薄弱者を地域社会内にとどめ、また連れもどし、すぐれた保健計画と強力な教育・リハビリテーション活動によって、かれらの生活に再び活気を与えること。 そして、この問題に対処できるように、地域社会の意志と能力を強化し、こんどは地域社会が個人やその家族の意志と能力を強化できるようにすること。 われわれは能力のかぎりをつくし、あらゆる手段を用いて、国民の精神的・身体的健康を向上させなければならない。 これらの重要な目的を果すために、私は以上の勧告を議会が承認することを要請する。 ジョン・F・ケネディ 2011.1.26 登載 この邦訳は、財団法人日本精神衛生会の機関誌「精神衛生」92-93号(昭和39年10月31日発行)の11-16頁から許諾を得て転載したものです。原文縦書き。文章については、原典の表記のままの記述に努めましたが、明らかな誤植と思われた部分については、直したところがあります。 この大統領教書の邦訳については、日本精神衛生会の「精神衛生」92-93号の発行に先立って、同じ訳文が、日本精神神経学会精神衛生法改正対策委員会・日本精神衛生会の連名で、「故ケネディ大統領の精神病および精神薄弱に関する教書」が1964年に頒布されています。また、2002年に日本文化科学社から出版された、秋元波留夫氏著の「実践精神医学講義」の中に、「精神病及び精神遅滞に関する大統領特別教書」の名で、対訳の形で載っています。 英文原典掲載サイト: Special Message to the Congress on Mental Illness and Mental Retardation. / February 5, 1963 / JOHN F. KENNEDY <http://www.presidency.ucsb.edu/ws/?pid=9546.> ("The American Presidency Project" ウェブサイト) pdf版(対訳形式) 【参考資料集】(資料閲覧に関してのお願い)
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