日本における精神障害者の人権と処遇に関する
国際法律家委員会(ICJ)及び国際医療従事者委員会(ICHP)
合同調査団の結論と勧告 [精神保健課訳]―抄―

〔1985(昭和60)年6月11日〕


≪結論と勧告≫


T 現在の状況


1 現在の日本の精神保健医療システムは精神障害者の人権及びその処遇の観点からみて,著しく不適当であるといわざるを得ない。この結論は,統計資料や解説(descriptive)資料,厚生省,精神科医,ソーシャルワーカー,看護者,作業療法士,精神医療関係者及び団体との十分な討論,及び公私立精神病院を訪問中の観察をもとにしたものである。

2 主要問題点

(a)入院手続き中及び入院中の患者の法的保護の不十分さ

(b)長期入院処遇の優位と,地域内での処遇,地域内での社会復帰の相対的不足に特徴付けられるケアシステム

3 精神科入院患者数は,この上昇傾向を逆転させるよう努めるという1965年以来の政策方針の表明にもかかわらず,(1984年:33万人以上)着実に増加している。

4 1968年のWHO顧問(Dr.D.H.Clark)の報告は必要な変化をもたらさず,その勧告のほとんどは実現されないままである。

5 精神病床の80%以上が私的精神病院にあり,そのため行政コントロールが直接及ばない。病床の2/3は施錠された閉鎖病棟内にあって,患者は非常に長期間にわたって入院している傾向がみられる。

6 病院管理及び患者家族の経済的要因等が,入院長期化を助長している。

7 調査団が委託された業務の中に,人権侵害又は不適切な処遇が行われている可能性がある個々の事例を調査することは含まれていなかった。かかる出来事は当然ながら管轄の自治体及び政府当局ならびに裁判所が関与することがらである。

 しかしながら,今回の調査では,日本の精神保健施策の現在の構造及びその果たしている機能によって,不適当な医療形態や大規模にみられる深刻な人権侵害を助長するような前提条件が醸成されている。

 例えば,許しがたい超過収容状況,不十分な栄養が患者の病状悪化及び高い死亡率を招いていること,患者の身体的虐待,労作業の強制,不当拘禁,入院患者が院外の友人・家族と連絡をとったり,医学的に認められる状況下での面会を禁止すること,などである。

8 調査団の最大の関心事は,個々の又は特定の虐待事例にあるのではなく,日本における全体的システムであって,精神保健施策の新たな展開及び法的保護の創設についてである。これら施策が行われた場合には,精神障害者の人権が完全に尊重され,人間的かつ効果的な医療が提供される条件が整備されることとなる。

9 精神障害者の処遇と精神障害者に対する身構えに関して,日本の文化的特殊性が言及されることが多い。これについては確かに当を得た重要な問題であると考えるが,人権に対する共通した人間の要求と基本的な姿勢は,文化的諸要因を超越するものであると信じる。とくに,近代的な技術・管理が急速に発展し,しかもそれが成功しているのに比較して,日本の精神障害者に対するスティグマと彼らが被る社会的差別が著しく目立っていることから,同様な問題をかかえる精神医療の質についても,これを検討することが適切なことである。

10 あらゆる社会において,精神障害者を排し,彼らのケアのための方策を不十分にしか手だてせず,罹病期間を越えてまでスティグマをおす傾向がある。各国とも様々な方法でこれらの問題に対処してきた。日本政府が研究し益することができる,包括的な精神保健医療サービスのための広範かつ多様な施策が,他の工業国には存在している。しかしながら,社会復帰や地域にねざすサービスを行うために適当な社会資源を確保することは,必要な入院期間中に十分な水準の医療及び良質の処遇を提供するよう努めることと同様に,非常に重要なことである。

11 日本の精神衛生法改正は遅きに失している。多くの国々におけるように,精神障害者の人権に対する配慮や新しい精神科的な処遇技術の出現を踏まえて,法制度の改正を徹底的に検討すべきである。日本国憲法及び日本が批准している市民的及び政治的権利に関する国際規約(国連人権B規約)に規定されている諸権利は,現在のところ精神障害者には完全には保障されていない。この不十分な点は是正されねばならい。近年,各国における法律を研究することは有益であるが,精神保健医療サービスの場合には,日本で採られるべき法的モデルは,日本社会の現実を考慮すると同様に,現行の法的及び行政システムを考慮しておかねばならないであろう。精神衛生法制の比較に関する情報はWHOにより入手可能となっている。強制入院となった精神科患者の権利擁護に関して欧州会議閣僚委員会が採択した勧告R(1983年2月22日)もまた研究に値し,日本の状況に適応されうるものであろう。

12 これまで述べてきたような深刻な問題が生じている一方,日本にも既に以下の事実が存在していることを承知している。

 ― 精神保健医療の効率的・包括的体系の発展に資するのに必要な専門的識見をもつ精神科医師及びその他保健医療従事者

 ― これらの問題を認識し,政策選択肢を検討しようとしている中央・地方行政担当者;この点は,国際的な団体に対する日本政府の意見表明からもうかがえる。

 ― 精神障害者のおかれた状況の改善を図ろうと努めている関係市民(弁護士,ジャーナリスト,ソーシャルワーカー,患者及び家族会)

13 このような人々の努力は,これまでのところ,行政当局の少なからぬ怠慢により妨げられてきたのと同様に,精神障害者に対する広範な抵抗,無気力,偏見により,妨げられてきた。彼らの努力は,地方・中央レベルの行政当局,専門家団体,国際的な団体によって,助長されるべきである。

14 私的病院や公的施設の中には,既に,“開放病棟”による処遇,社会復帰プログラム,外来診療という新機軸の治療プログラムを発展させているところがある。このような治療方法の展開は,未だ限定的であり不十分な規模にとどまっているが,今後の本質的な変草にとってすぐれて重要な基盤となるものである。

U 早急に取り組まなければならない手段

15 調査団が意見を質した人々はすべて,精神保健サービスと精神衛生法を改善する余地があると考えていた。

16 日本のように先進的な,工業化した国にふさわしい,近代的かつ効果的な精神保健医療システムを発展させていくことは,この分野において多くの先進諸外国にはっきりと遅れをとっている事実からみて,時間を要するものと思われる。各種サービスの展開につれて,いろんな選択があろうが,この場合の選択は,精神保健医療サービスや訓練の模範となるかどうかの観点及び精神病者の法的保護の観点からなされなくてはならない。

17 今日,日本の精神保健医療システムにみられる深刻な問題に対する対策としては,最低限次のような施策が講じられなければならない。

 ― (現行法第33条に規定する「同意入院」を含む。)強制入院事案すべてについて,中立機関による審査を行うこと。なお,この審査は入院後短期日(最大限1ヶ月)のうちに,また,その後少なくとも年に2回実施されるべきである。

 ― 都道府県レベルでの第三者審査機関の設立。この審査機関は保健医療と法律に関する専門家,精神障害者の家族及び一般人から構成されるが,国及び地方自治体当局は,この審査機関があらゆる訴えに迅速に対応し円滑に精査が行えるように,事務局と適切な財源を準備すべきである。また,その手続はデュープロセスの基本的概念に適合させる必要がある。

 ― 職員配置及び処遇方法についてチェックするとともに患者個人の苦情を受け付け調査するための,全精神病院を対象とする定期調査。なお,不服申し立て手続は簡単かつ迅速な救済を可能とするものでなければならない。

 ― 入院患者に対しできる限りその権利を知らせ,上記第三者機関または患者の選任による代理人(家族,友人,第三者としての医師または弁護士)に対する信書・通信の自由の確保

 ― 中立的な有資格者による患者に対する援助と忠告

 ― 精神病院内で個人に対する傷害に至った全出来事の記録,及び,必要があれば調査実施が可能な第三者団体への報告。なお,(既に重篤な身体疾患にかかっている高齢者の場合を除いて)精神病院で生じたすべての死亡例の剖検を含めて,独立した手順により日常的に調査されるべきである。

V 精神保健医療サービスの改善と方向づけ

 ― 厚生省及び地方行政当局は,精神障害者に対して広範な地域ケアと社会復帰プログラムを発展させるための督励策と必要な財源を手だてすべきである。

 ― 診療報酬支配い方式(保険点数制)は近代的な精神科処遇方法と精神障害者のニーズを考慮して修正されるべきである。早期退院に誘導する集中的な処遇形態をもって,現在よりも入院期間を短縮させるためのより強力な外的要因が必要である。あらゆる形態の外来診療と地域ケアに対して,相当に高水準の診療報酬が必要である。保健センターに付設の外来診療所,共同作業所,看護者やソーシャルワーカーによる家庭訪問,危機介入サービス,継続医療の指導,患者クラブ,退院患者に対する必要なサポートと指導に関する一切の活動は,政府及び民間の保険基金より適切な財源を受けるべきである。

 ― 現在入院中の患者にとってのニーズとして,社会復帰プログラムが優先するものと考えるべきである。病院内における社会復帰プログラムもまた,適切な財政援助を受けるべきである。

 ― 保健行政機関は,現存する“長期在院”患者の社会復帰を促進し新規患者が必要以上に長期にわたって入院することがないように,精神病院の諸活動を綿密にモニターする必要がある。

 ― 新規に入院した精神障害者の平均在院期間をかなりの程度縮小する余地は残されており,それにより,入院患者総数もかなりの程度縮小する余地は残されている。

 ― 超長期間の入院をしてきた患者(とくに老人)は近い将来独立して生活することがないであろうということを考慮すると,これらの患者には,例えば共同住居やホステルを整備し,それ相当のケアと生活環境が提供されるべきである。

 ― 精神障害回復者に対し,必要な住宅提供,社会的なサポート及び雇用の保障を行うために,地方自治体当局,社会奉仕(social services)及び企業間の協力が必須である。また,精神障害回復者の雇用に対する雇用促進計画(税の減免措置等)が考慮されるべきである。



 この「結論と勧告」は、昭和60年6月に日本国政府に送付され、併せて、同年7月31日に、ジュネーブで公表された。

 このような検討を踏まえ,厚生省としても,61年12月23日に公衆衛生審議会から審議会における法律改正についての検討結果として発表された「精神衛生法改正の基本的な方向について(中間メモ)」に沿った形で改正法実の作成を行い,そこで得られた成案を公衆衛生審議会及び社会保障制度審議会の了承を得て,「精神衛生法等の一部を改正する法律案」として,62年3月13日閣議決定,16日には第108回国会に提出された。

《『我が国の精神保健』(精神保健ハンドブック)〔昭和62年度版〕(厚生省保健医療局精神保健課監修、厚生出版株式会社発行)から引用しました。》

 2007.8.6 登載
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