昭和27年度


戦争遺家族等の援護に関する立法の件
                                 昭和二十七年四月十六日                                  社会保障制度審議会会長発厚生大臣宛  戦争遺家族等の援護に関する立法については、本審議会に諮問されるようさきに厚生大臣宛申達しておきましたと ころ、政府においては過般戦傷病者戦没者遺族等援護法案を本会に諮られることなく国会に提案せられましたが、本 審議会としては右立法は、実体的に社会保障の一環をなすものと考えるものであり、たとえ時期的に法案の事前諮問 が困難であったとしても当然何等かの形において諮問されて然るべきものと信ずるものであります。本審議会におい てはかねてより本問題について検討をつづけていたのでありますが、社会保障制度上の重要な問題である本法案が諮 問されなかったことは、本審議会の使命に鑑み甚だ遺憾に存ずる次第であります。ついては、本問題に限らず今後か かることのないよう本審議会の総意をもって政府に善処方を要望するものであります。  なお、右法案は既に国会に提出審議中でありますが、本審議会としては遺家族等援護の対象としては、戦争による 犠牲が全国民的であった事情にも鑑み、軍人、軍属のみならず法的強制の下に公務従事中災害を蒙った人々に対して も適用の範囲を拡大して、援護の徹底と国民的公平を期するとともに、本法による援護の特殊性とその支給額に鑑み 生活保護法による扶助との調整を行い本援護の実効をあげるよう配慮あらんことを切望するものであります。

社会保障の最低基準に関する国際労働条約案について
                               昭和二十七年五月二十日                                社会保障制度審議会会長発内閣総理大臣宛  今般第三十五回国際労働総会において、社会保障の最低基準に関する条約案が討議されんとするに際し、わが国も 国際労働機関加盟国として戦後始めて本会議に正式に出席し、本条約案の審議に参加するの機を得たことは欣快に堪 えないところである。  国際労働機関において、社会保障の最低基準に関しかかる条約案を採択せんとする趣意は、大戦後の世界的な社会 保障制度の進展に呼応し、諸国間の著しき国情の相違や隔絶せる諸事情にも拘らず、列国相携えて社会保障制度の国 際的推進をはからんとするにあるものと考えられる。かかる趣意に鑑み、わが国としても本条約の成立には進んで賛 意を表すべきが当然であり、またわが国における社会保障制度の現状は直ちにこれを批准し得る条件を満たしてい る。しかしながら本条約案に示された最低基準は、後進国をしても容易に本条約を此准せしめ社会保障制度の国際的 普及をはからんとするのである点を見逃してはならない。いま日本の現行諸制度を本条約に示された諸項目と対比す るに、わが国は敗戦後の社会経済事情に応じ生活保護法の如き誇示すべき制度を生み、また失業保険制度の創設をみ ている反面、社会保険の一部はインフレの打撃によりその機能を中ば失っているものもみられる。即ち、わが国の社 会保障制度は本条約批准の最低要件を満たしているとはいいながら年金部門をはじめ本条約案に示された最低基準に すらも到達していない部分は決して少くない。しかしながら、本条約案は既に関係国間において慎重なる審議検討を 経た上の成案でもあり、かつ、本案の趣旨が前述のように国際的な社会保障水準の向上を意図するものと考えられる 点に鑑み、日本としては現行法上難渋を感ずる点が存するとしても、いやしくも本案について態度を保留し又は反対 するが如きことなく、現行制度上の欠陥は進んでこれが整備改善をはかる態度を持すべきである。  本審議会としては、さきに社会保障制度に関する勧告を行いその早急なる整備拡充を政府に要請したところであ り、昨秋さらに医療を中心とする社会保障の推進を要望しているが、これらは、日本の現状に対応する社会保障の最 低基準を要請したものに外ならない。しかして本条約の趣意に鑑みるときは、日本の特殊事情によるものは別とし ても、少くとも国際的な社会保障の最低水準には到達し得るよう社会保障制度の早急な整備をはかる必要があり、年 金制度の改革はもちろん、医療の如きはさらに高度の基準を目途として改善をはかることが、本条約案の精神に則応 する所以である。  いまや独立日本の出発に当りわが国が民主主義社会への発展を誓約する意味においても、この機会に進んで本条約 案に賛同推進するの外、この際、社会保障制度を拡充整備するの熱意を被瀝することは世界の信頼に応え得る所以と 信じ、これを希望するものである。

厚生年金保険、公務員の恩給、軍人恩給等年金問題に関する件
                               昭和二十七年十二月二十三日                                社会保障制度審議会会長発内閣総理大臣宛  わが国の年金制度の整備拡充に関しては、一昨年十月本審議会が行った「社会保障制度に関する勧告」において既 に十分その見解を明かにしておいたところであるが、当面堤起せられている厚生年金保険の改正、公務員の新恩給制 度、軍人恩給の復活等の年金関係の諸問題は、何れもその個々的な見地にのみ基いて企画せられ、その綜合性に乏し く、又国民的公平を欠く憾がある。  右諸案件に関する政府の施策如何は、現在及び将来の国民生活に重大関係を有すると認められるので、本審議会は 政府が、ただちにこれらの問題について善処されるよう、社会保障制度審議会設置法第二条第一項の規定により、別 紙の通り意見書を提出する。      厚生年金保険、公務員の恩給、軍人恩給等年金問題に関する意見書  本審議会は、一昨年十月に行った「社会保障制度に関する勧告」において年金制度についても十分その見解を明ら かにしておいた。すなわち、現行の各種年金制度は、それぞれの沿革の上に雑然として発達し、その理念は明確を欠 き甚だしき不均衡に陥りその間になんら調整は行われず最早放置し難い状態にある。よって、近代的な社会保障の理 念に基づき総合一貫性ある公平にして均衡のとれた制度に整備すべき必要を強調したのであった。  およそ社会保障としての年金制度は、防貧の見地に立ち、国民に最低生活を保障することを理念とすべきものであ るが、とくにわが国の特殊事情の下においては生計費を基礎とする定額制によるを本則とすべきである。もちろん、 その額は、国民所得乃至国民負担の限界内において定むべきである。従って現行年金制度中に含まれた退職金に属す べき部分はこれを切りはなし、賃金、勤務条件、勤続期間、退職事由等の要素を考慮の上、それぞれの職域、産業及 び企業の実態に即応して個別的に附加さるべきである。  さらに、わが国の産業構造の特殊性と憲法の精神に顧みるときは、国家が行う社会保障制度である以上、まず最初 に保護せられるべき零細企業における被用者、農民及びその他の弱小自営者が包含されないことは、明らかに国民的 公平を欠く。しかしてこれに未亡人母子等の保護を含めて全国民的規模に拡充し、扶助制度への依存を最少限度なら しめてこそ、初めてその完成を期し得るものといわなければならない。もちろん、年金制度は、将来における人口、 雇用、賃金等各般の立場から検討を要し、また長くわが財政経済に大きな影響を及ぼすものであるから、慎重な考究 が必要である。従って、もしその間暫定的な措置が必要であるとしても、少くとも将来における綜合的年金制度への 完備を指向し、いやしくも、それを妨げ、或は逆行するが如きことは絶対に排除されなければならない。  しかるに、今日なお本審議会の勧告が未だその実現の緒に就かないことは、甚だ遺憾に堪えない。のみならず、当 面提起されている厚生年金保険、公務員恩給、軍人恩給の諸問題は、いずれもその個々的な狭い視野からのみ企画せ られつつあることは、従来の不均衡と不公平をさらに激化するおそれが多分に存し、憂慮に堪えない。本審議会が敢 えてここに、意見書を提出する所以である。  すなわち、厚生年金保険制度の改正案においては、零細企業における被用者への適用も顧慮されず、また公私の雇 用を通ずる一元的な年金制度への発展も考えられていない。しかも依然として退職金的性格と社会保障的理念の錯綜 があり、たとえば、その年金額についても、現実には定額部分よりは報酬比例部分に重点がおかれるが如き構想を示 している。もとより本改正は根本的な改正を意図するものではなく、その解決を将来に譲るにあるとしても、もし年 金制度の改正を行うならば、これをして、将来における国民年金制度への母体たらしむべく「勧告」の線に沿い、年 金の定額制を採用する等将来における年金制度の統一化への前進をはかるべきである。伝えられるが如き過渡的不徹 底な改正は、却って将来における年金制度の一元化を困難ならしめるものといわねばならぬ。  つぎに、国家公務員の恩給制度の改正企画についても、依然として人事管理的な要請と社会保障的要請とが混在し ている。そのため、一般被用者に比し、社会保障としては不均衡の年金を給する結果となり、公私の雇用を通ずる一 元的な年金制度への発展を困難ならしめている。このことは、国家公務員のみならず、地方公務員にも共通して考え られる欠陥であるに拘らず、この改正企画ではなんらこれを解決しようとはしていない。いうまでもなく、社会保障 制度としての年金は、公務員も一般被用者も同一基準によって、平等に支給さるべきである。そして、そのことによ って、公私の被用期間を通算し得るが如き措置を講ずべきである。  もちろん、公務員には公務員としての給与、勤務及び雇傭条件などの特殊事情がないではない。従って公務員の給 与等は、当然に民間基準と同等に維待さるべきであり、しかもなお存する公務員の特殊事情に対応する処遇は、あた かも各企業の退職金などに見られるように、その公務員の所属、職種及び雇傭などの実情に従って、別途にこれを考 慮すべきである。この場合、これを年金と併せ支給することは差支えないが、両者の計算は、それぞれ明確に切離し てなさるべきことはいうまでもない。  つぎに軍人恩給の問題についても恩給法特例審議会の「旧軍人軍属及びその遺族の恩給に関する建議」においては 軍人恩給の復活という立場をとっている関係上一部軍人が優遇されるが如き結果を招来している。単なる既得権に基 く主張は、その根拠薄弱といわねばならぬ。もちろん文官恩給の改革も考えなければならない。しかし、かかる結論 は、一般国民に対する社会保障費との均衡からいっても、また今次戦争による犠牲が全国民的であった点からいって も妥当ではない。すなわち、むしろ本審議会がさきに行った社会保障制度に関する勧告を実現することによって、広 く一般国民の生活をこそまず安定せしむべきである。もとより戦争遺家族や傷病者などに対する生活の保障は、当然 に優先して考えられねばならない。むしろ現行の戦傷病者戦没者遺族等援護法における傷病年金や遺族年金の金額を 引上げるとともに、老令者に対する年金については、定額制を基礎としてこれを支給するなどの措置をとるべきであ る。  いずれにしても、年金問題に対する現下の動向が、錯雑せる理念の下に、不公平な独善的発展を遂げんとしつつあ ることは、本審議会が、最も遺憾とするところである。しかも、そのよって来るところは、これらの制度がそれぞれ の行政機構によって、それぞれ独自の立場から取り上げられていることにある。政府は各省庁の立場をはなれ、問題 を広く綜合的観点から公平に企画し得るが如き途を速急に講ずる必要がある。  しからざれば、たとえこれにいか程巨額の国費を投ずるとも、単に一部の国民の満足を得るに止まり、広く国民全 般の生活安定はこれを期待し得ないであろう。

《「社会保障制度に関する勧告および答申集」(昭和35年3月 社会保障制度審議会)から引用:原文縦書き》 

 1999.2.14 登載
 【社会保障制度審議会勧告集(昭和24年度〜昭和37年度)】 【参考資料集】
 KA27 
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