昭和33年度


国民年金制度に関する基本方策について
                                 昭和三十三年六月十四日総社発第一八〇号                                  社会保障制度審議会会長発 内閣総理大臣宛  昭和三十二年五月十五日総審第九五号をもつて本審議会に諮問のあつた標記について、当審議会は、以来慎重な審議を重 ねて来たが、この度一応の結論を得たので、社会保障制度審議会設置法第二条第二項の規定により、別紙のとおり答申す る。 「別紙」     前    文  社会保障制度審議会は、昭和二十五年十月十六日ならびに、とくに昭和二十八年十二月十日をもつて、すでに年金制度の 整備に関する勧告を政府に提出している。その主旨は、日本における社会保障制度は戦後大いに改善されたとはいえ、その 主力は公衆衛生制度、生活保護制度、医療保険制度にそそがれたために、またそれらが時々の要求に応じて個々別々に作ら れたために、社会保障制度全体の上では不均衡ができた、なかんずく、すでに老令に達した多数の国民がこの制度の恩恵か らとり残されている状態となつたのは遺憾である。そこで、この人々に対してその生活の最少限度を社会的に保障する老令 年金制度を作ることが必要であり、また、それに伴つて在来の年金的諸制度と新しく設けられるべき年金との均衡を得るよ うにすることが必要である、というのであつた。  しかるに、勧告のこの部分はその後政府によつてほとんど尊重されることなく、軍人恩給制度の改正その他には巨額の財 政資金を投ずるようなことが行われたので、本審議会はそれについて不満を表明したのであつた。しかるところ昨年五月十 五日岸内閣総理大臣は、本審議会に対し「国民年金制度に関する基本方策いかん」について諮問を発せられた。爾来一年、 われわれは非常な熱意をもつてこの問題ととり組み、ここにそれについて成案を得た。いま、これを政府に提出して右の諮 問に答える。問題の性質上細目については本案にもなお検討を要する点を残すをもつて、本審議会は引きつづきそれらの点 を検討し、追つて答申を追補する考えであるが、差し当り、立法に必要な大綱はほぼ尽し得たと信ずる。  国民年金制度の普及と徹底とは、近代文化国家の政治の一大核心であることは、すでに西欧諸国の例によつて明らかなる ところであるが、とくに戦争の惨禍によつて国民所得に絶大の変動を見、その災害が全国民なかんずく経済的弱者につよく 及んでいるわが国において、その意義がさらに重要である。しかしながら、直ちに先進国のような完全に近い国民年金制度 を作ろうとすれば、それには巨額の費用が必要であつて、そのため国民所得の分配にも大変化をもたらさないわけにはいか ない。そこで、本審議会は、一方においては、この全国民的な時代の要求にこたえ、他方においては、国民所得の分配にあ まりに急激な変更を加えないことに最善の注意を払い、両方を見合いつつ、現在の日本の財政のもとにおいて十分実現し得 るような具体案を作ることに努力した。国民年金制度といえば、主たる対象をまず老令におくのが当然であるが、わが国の 特殊な事情からいつて、廃疾の人びと、母子の家族に対する社会保障もまたとくに緊切である。そこで本案では、年金の方 法をもつてそれに応ずることが適当とする限度において、老令年金とならんで廃疾および母子の年金制度をも併せて設ける ことにした。  本案は、国民の文化的にして健康な生活を保障するという社会保障制度の理想からいえば、なお足らざるものであること は、もちろん、われわれの遺憾とするところである。また本案は、既存の恩給や諸年金制度についての根本的な改革には及 んでいないばかりか、それらの制度との調整についてさえなおつくさざるところがあることも、またわれわれの認めねばな らぬところである。それにもかかわらず、本審議会はかたく信ずる。たとえ低額なものであつても、全国民に対する年金制 度を今日直ちに実施することは、すでに絶対的に必要であり、また、これが日本社会保障制度のこの上の進展に対して一般 的基礎となるであろうと。  なお、本制度においては、年金の資源は、ある部分までは国庫が負担するが、残る部分は国民が負担することとなつてい る。すなわち、この年金制度のためには、全国民は原則として長期にわたり少額の拠出をしなければならないのであつて、 国民はこのために新らたに経済的負担に任じなければならない。しかし、この負担は他日その人が受けるべき年金のためで ある。国民をしてこの制度に対する義務を自覚せしめ、また、この制度を永く健全に発達せしめるためには、こういう制度 の立て方のほうが適当である。  本審議会は、政府が、本案に則り、直ちにこの制度の実施に邁進せられることを期待する。     第一部 総    説 一、国民年金の意義   周知のごとく、わが国の公的年金には、厚生年金保険をはじめ、恩給、各種共済組合年金、船員保険など、すでに数多  くの制度がある。しかし、いずれも、歴史的な沿革などもあつて、一定条件を備えた被用者を対象とするにとどまつてい  る。そのため、国民の大半、すなわち零細企業等の被用者、農林漁業者、商工業等の自営業者などは、年金制度からとり  残されたままになつているのである。したがつて、これら多数の未適用者にも年金制度を設けよという主張が、国民の声  として、もはや放置できないまでに高まつたことは、何ら怪しむに足りない。理論的に考えても、戦後における人口の老  令化や家族制度の崩壊という厳たる事実は、これを十分に理由づける。死亡率は著減して、平均寿命は戦前に比べ約一八  年も伸び、六五才以上の老令人口が全体中に占める比率は、昭和一〇年の四・六パーセントから昭和三二年には五・四パ  ーセントに増加し、三〇年後には一〇パーセントに達する。一方、民法の改正、男女同権の確立は、封建的な家族主義か  ら近代的な個人主義への移行を決定的なものとし、老後の生活を子女に依存しようとする伝統は失われつつある。さら  に、母子世帯や身体障害者であつて、被用者年金の対象とならない者に対しては、生活保護以外にほとんど手がのばされ  ていないことも、かねてから問題として指摘されているところである。   いうまでもなく、年金は、生活設計を立てる場合の最も有力なよりどころである。救貧から防貧への進展が社会保障制  度のみちである以上は、単に医療保障の面における皆保険にとどまらず、所得保障についても、国民皆年金が同時に実現  されなければならないことは、当然の理論的帰結でさえある。   いまや、国民年金を設けるべきかどうかの段階ではなくて、いかにして国民年金を実現するかの段階であるといわなけ  ればならない。 二、国民皆年金へのみち   全国民を対象として年金制度を構想する場合に、現行各種公的年金制度を全部御破算にして、一本の基本的な制度をつ  くり、必要に応じて、その上に、現行各種制度の退職金的な部分を積み重ねて行くという考え方がある。また現行の各種  制度はそのままにしておくが、別に全国民を対象とする基本的な制度をつくり、被用者に対しては、従来の制度に加え  て、この制度を共通的に適用して行くという考え方もある。しかし、いま直ちに前者の行き方をとることは、相当の困難  と混乱とが予想され、後者の構想もその点は大差はないと認められる。そこで、本審議会としては、差し当り、現在年金  制度をもたない人びとを対象とする制度を創設し、ついで現行諸制度を再検討してこの制度との調整をはかり、さらに将  来これらについて統合をすすめるという行き方をとることとした。したがつて、ここで国民年金とよぶのは、新らたに設  けられる制度のことである。   国民年金を創設すれば、対象者の数が多いだけに、どの程度のものであつても、国家財政に永く相当大きな影響を与え  る。しかしながら、年金額は、これまで各地にみられた敬老年金の線を大巾にこえ、社会保障制度として有用なものでな  ければ、発足の意味をなさぬ。一方、新らたに加わるであろう拠出者の負担額は、その能力と見合つたものでなければな  らぬ。すなわち、国民年金は、国家財政、年金額、各人の負担能力、これら三つの均衡の上に組立てられなければならな  いのであつて、この三者の均衡を欠けば必ず不都合を生ずることは明白である。本審議会が最も苦心したところは、この  三つの線の交点をどこに求めるか、どうして求めるかにあり、しかも将来への発展のみちを開いておく配慮を加える、こ  こに本答申の基本的な態度がある。 三、拠出制か無拠出制か、積立方式か賦課方式か   無拠出制を求める声は強い。年金はほしいが別に料金は出したくないという素朴な意見も少くない。国民の負担能力の  関係からみて、これは無理からぬ面もあるが、また社会保障に対する理解不足の点も見逃すことはできない.ビバリツジ  も強調したように、同時に個人の責任も重視されるのでなければ、そこに社会保障の発展はあり得ないのである。   また、拠出制をとるとしても、年々必要な給付額は、その年度に徴収すればよいという賦課方式を支持する意見も一部  に見受けられる。本来、年金は一度決められたならば、長期にわたつて確定債権として各人に保障されるところにその特  徴がある。裏返していえば、国はそういつた債権を負わねばならないことになる。しかるに国家財政は、その立て前上、  国民に負担能力の乏しい年度に、かえつてその需要はぼう脹する傾向をもつ。したがつて、料金の形にせよ、税の形にせ  よ、その年度に支給すべき所要額をその年度に賦課しようとすれば、将来の突発的な財政需要のことも考えて、いきおい  年金額は低くならざるを得ないし、また年金額を逐次引上げて行く望みも少いといわねばならぬ。全国民を対象とするよ  うな大規模の年金を考える場合には、この点ほとくに肝要なところである。いわんや、人口構成の比率が、現在のわが国  のように、急激に老令化しつつある場合には、一そう然りといわねばならぬ。なお、賦課方式を中心とする国々において  も、最近は積立金の比重を重くみるものがふえつつある。   もともと社会保障制度は、個人の行う貧困に対する予防を、共同し組織化して行おうとするものであつて、その意味に  おいて、個人の責任を解除するものではない。ことに老令のような予定できる事故に対しては、後代の国民に与える負担  のことを考慮して、個人もできるだけの負担は負うべきである。また生産年令人口の比重低下の著しい傾向は、考慮の要  がある。もちろん負担能力の関係は、十分検討を要するが、一般財源たる税の場合と異なり、国民年金については、それ  をみずからの貯蓄のための拠出として受けとるならば、その負担に対する意欲もおのずから異なるはずである。   以上のような主旨から、本審議会は、無拠出制や賦課方式の主張にも理由のあるところを認め、一部その考え方をとり  入れつつも、原則としては拠出による積立方式を採用することを審議の結論とした。これは、経済発展のための資本蓄積  の有効な一手段としてはたらくとともに、年々の拠出金をそれだけ低額にする結果をもたらす。そして、拠出金と見合つ  て一般会計から支出さるべき国庫負担も、併せて積み立てることとし、これによつて年金額を最大にすると同時に、年度  による財政需要の変動からできるだけ切り離されるように配慮した。   しかしながら、全部を拠出制にまつことは、今次対象となる国民層の負担能力からみて不可能であり、また可能である  としても、積立方式にも問題なしとしない。そこで、拠出制年金とともに無拠出制年金を設けることとした。その理論的  根拠は、一定年令をこえた老令者は、社会がある程度扶養する義務があるというにある。すなわち、一家の子女が個人的  に行う老令者の扶養を、社会連帯の立場における扶養に漸次切替え発展させようというのである。われわれはすでに義務  教育制度を確立した。これは、父兄のもつ個別的な教育費負担の責務を、社会連帯の責務に切替え、発展させたものにほ  かならない。この考え方を、老令あるいは母子、廃疾にも及ぼそうというのである。こうした拠出制と無拠出制の組合せ  は、他にあまり例をみないところであるが、この方法をとることによつて、一部の年金は直ちに支給を開始できるし、拠  出制や積立方式に伴う若干の欠陥も補い得るし、また拠出者の負担能力その他からみてわが国の現状には最も適している  と判断され、かつ、これによつて年金制度の将来における均衡のとれた発展が約束さわるものと考える。   なお、拠出制年金と無拠出制年金とは、立て前を全く別にするものであるから、理論的には両者併給されてしかるべき  筋合いであるが、財源の関係上、無拠出制年金の支給される場合はそれだけ拠出制年金のほうを原則として減額せざるを  得ない。 四、拠  出  金   国民年金の対象には、所得能力が低く、その把握も困難であり、拠出金の徴収も容易でない人びとが多い。被用者の場  合のように、所得に応じて拠出金を徴収することは、技術的に不可能に近い。したがつて、収入の多いものも少いもの  も、原則として定額とすることはやむを得ない。そしてその結果生ずる逆進性は、むしろ国庫負担によつて補正するのが  妥当と考えられる。なお、一部には目的税の創設をもつてすべてを賄えという向きもあるが、徴収の便宜を考えればそう  なるにしても、税一本やりで国民年金を賄おうとすれば、前に述べたような欠陥をもたらすし、その不均衡はかえつて拡  大されることとなろう。   どの程度の拠出金ならば負担に堪えられるかは、今回の審議における重点の一つである。拠出金を定額にするというこ  とは、負担能力の低い者にそろえることを意味する。わが国の農村には、現物経済の面が多く、現金の負担能力はとくに  低い者が少くない。したがつて、拠出金はどうしても少額とならざるを得ないのである。結局国民健康保険における保険  料負担の状況等にかんがみ、有業者は月一〇〇円程度、無業者は月五〇円程度、平均して一人当り月七五円程度が限定で  あろうと判断された。 五、基準年金額   拠出金が、所得に比例する場合には、年金額も、たとえそのままの比率ではないにしても、ある程度はこれに比例させ  るのが通例である。またそれによつて、高額の所得者から、高額の拠出をさせることも容易となる。わが国の被用者年金  は、いわゆる退職年金として、労務管理的な沿革と退職金的な性格とから、いずれもこの所得比例方式をとつている。こ  の国民年金は、退職を支給条件としない純然たる老令年金であつて、したがつて年金額は定額となるのが順序であろう  が、定額制を採用した英国においても、近年年金額に差等を設けよという主張が強まりつつあることからも明らかなよう  に、定額でなければ社会保障でないとするのは、言い過ぎである。しかし拠出金が定額であれば年金もまた定額となるこ  とはいうまでもない。   また、拠出金が少ければ、相当の国庫負担を前提としても、年金額はおのずから低いものとならざるを得ない。社会保  障は、国民所得全体の立場から合理的な再分配を意図するものであつて、年金額は高ければ高いほどよいというわけでは  ないが、でき得れば通常の生活が保障される程度に高額であることは、むろん望ましい。しかし年金は、生活設計の有力  なよりがかりとなるところに意義があるのであるから、それが必ず最低生活を保障するものでなければ意味をなさぬとい  う考え方も行き過ぎである。現在英国の国民年金においても、生活扶助と併給されることによつて、最低生活を保障され  ているものが相当多数あるのである。   しからば、わが国では、基準年金額をいくらとすべきか。それは正に国民年金の扉を開く鍵であるが、本審議会は、あ  らゆる角度から検討の結果、前述のような見地から、生活扶助の基準による最低生活の保障を目標とすることとした。今  日老人単身者世帯の生活扶助額は、農村地区においておよそ月二、〇〇〇円となつている。都市にあつては、むろんこれ  よりは高い。したがつて、もし都市の扶助額を基準とすれば、農村においてはかなりの余裕を生ずることになる。また老  人が単身で生活する例はむしろまれなのであるから、基準をここに求めれば、二人以上の世帯では、最低生活水準を相当  上回つて来る。しかし拠出金は、税の場合と同じく、全国一律とせざるを得ないから、年金額のほうも、同様に、全国一  律とならざるを得ない。ことに年金は、長期の計算であるから、その要請は一そう強い。これらの事情をにらみ合せ、農  村地区における単身者世帯の扶助額を、全国一律の基準年金の基礎とするのが妥当であると判断した。   しかしながら、本格的年金の支給は、拠出期間と据置期間とを合わせた四〇年後なのである。そこでそのころにおける  最低生活水準を想定しなければならない。国民経済は年々成長する。また成長しなければならぬ。本年度にはじまる政府  の五カ年計画は、これを年率六・五パーセントと予定している。しかしながら明治以来の平均的な成長率を考え、また諸  外国の例をながめれば、長期間にわたる国民一人当りの経済成長率は、およそ年率二パーセント程度と抑えるのが、まず  無難なところと認められる。もつともこれをそのまま生活水準の向上率とすることは、資本蓄積その他の関係から、困難  と考えられるので、年率一・五パーセント程度の上昇と推定し、前記月二、〇〇〇円が、四〇年後にいくらになるかを計  算した。そして得られたのが、月三・五〇〇円の基準年金額である。もちろんこの考え方とバランスをとるためには、拠  出金についても同様の措置を講じなければならない。 六、年 金 財 政   今次の案は、前に述べたように、拠出制年金と無拠出制年金とに分れる。   拠出制年金は、該当者約二、〇五〇万人を対象に、拠出を求め、これに国庫負担を合わせ、年金特別会計として積み立  て運用して行く。その利回りは、一応年五分五厘とした。国庫負担をいくらとするかは問題であるが、拠出金七、国庫負  担三の割合が妥当と結論した。被用者年金のような事業主負担がない点からみて、また、厚生年金保険との均衡、英国に  おける実例などは、この結論を理由づけるものである。この額は初年度八五億円と見込まれる。本来の保険計算は、この  線で成立するのであるが、今回はかなりの経過措置を講じなければ、国民の要望には応え得ない。すなわち実施の際、拠  出期間を完全には充たすことのできない年令にすでに達している人びとには、でき得る限り、減額年金が与えられなけれ  ばならぬ。もちろん拠出期間が足りないのであるから、本人が拠出しなかつた部分に対応する程度は減額されるべきであ  るが、その間における国庫負担の部分に見合う額は、年金額に加えられるべきである。したがつて、いわゆる整理資源を  国庫負担にまつのはむしろ当然というべきであろう。この額は、やり方いかんによつて相当動くが、あるいは二〇〇億円  程度になるかもしれない。ただし、この分の一般会計からの繰入れ方法については、いろいろ工夫の余地があろうし、必  要ならば制度開始当初の負担を少くすることは可能のはずである。あるいは年々生ずる歳入の自然増収の一定割合や将来  における軍人恩給予算の自然減部分をこれに充てるのも適当であろう。いずれにしても、最低生活水準の向上や拠出金の  関係もあるのであるから、年金財政全般にわたり五年ごとの数理的再検討は絶対に必要である。   無拠出制年金は、年々の所要額をそのまま一般会計の負担において支出するのであるから、処理としては簡単である。  その対象は、七〇才以上の老令者、一定条件の母子および廃疾者であつて、その額は、廃疾年金として月一、五〇〇円程  度、その他は月一、〇〇〇円程度を予定している。わが国現在の財政事情にかんがみ、また拠出制との均衡を思えば、最  低生活水準のおよそ半分というこの額は、直ちに支給の開始される年金としては、やむを得ないものと考える。この無拠  出制年金は、相当の所得のあるものには、少くとも当面支給を差し控うべきであろうから、その総額の推算は困難である  が、およそ三〇〇億円程度になろう。しかし、これは将来あらゆる年金の中核となるものであるから、たとえ減税予定分  の一部を差し繰つても、踏み切らねばならぬものと認められる。   年金は長期の計算である。したがつて、将来における通貨価値の変動を問題にするむきがあることは当然である。諸外  国においても、最も腐心しているところはここにある。端的にいつて、こういつた大規摸のものに、金約款のようなもの  をつけることは、実際問題として不可能である。しかしながら、インフレの犠牲を年金受給者だけにしわよせしたり、一  部の金銭債権だけを差別的に優遇したりすることは、政府の考え方一つで十分避けられるところである。また拠出制と無  拠出制の組合わせは、年金の実質的価値確保のための大きな防壁となる。さらに積立金についても、これを現金形態のみ  に運用しないこととすれば、そのインフレに対する抵抗力は確かに増大する。なお、五年ごとに再計算して、拠出金・国  庫負担と給付とについて合理的な手直しを行えば、一層適切な結果が得られよう。国民年金制度発足に当り、政府はこれ  らの点につき、確固たる方針を立てる要がある。 七、廃疾および母子に対する年金   国民年金制度という限り、その種類を老令年金のみにとどめるべきではない。身体障害者に対する年金や、寡婦、孤児  に対する年金も当然考えられなければならぬ。しかし、被用者年金とは立て前を異にするから、その内容にもちがつた面  を生ずることはやむを得ないものがある。また国民年金要望の声が、人口の老令化と家族制度の崩壊という近年の新事態  に基いている関係などから、老令年金が中心とならざるを得ず、加うるに財源も不十分であるため、廃疾年金と母子年金  の支給条件は、とくに強くしぼらざるを得ないこととなつた。この制度発足後財政に余裕を生じたならば、優先的にこの  面の条件の改善に充てるべきものと考える。   この両年金とも、組立てとしては、老令年金の場合と同様とする。すなわち、事故発生の際無条件で支給する拠出制年  金と、一定の収入調査を伴う無拠出制年金との組合わせである。拠出制年金については、負担能力の関係もあり、前記(四)  の拠出金のうちで賄うものとする。その年金額は、廃疾年金にあつては、老令という状態が早く発生したものとみなし  て、すべて同様の年金を給するものとし、母子年金にあつては、被用者の場合の遺族年金との権衡、基準年金が切り詰め  られたものである関係から、老令年金の場合の半額をある程度上回つたものとする。無拠出制年金については、母子年金  を老令年金と同額とし、廃疾年金は、とくに支給条件をしぼつた関係から、老令年金を相当上回つたものとする。   身体障害者に対する支給条件は、認定の困難もあつて、いわゆる永久完全廃疾に該当するものとし、疾病の種類は問わ  ないが、症状が完全に固定し、常時介護を要する状態にあるものを対象とした。こういつた固定状態となるまでは、医療  保障の分野で扱うことを適当と認めたからである。   母子年金は、夫と死別した寡婦が、児童をかかえているために、子に対する生活保持の義務を果すことが困雑な実情に  かんがみ、一定の所得保障を行うという考え方の上に立つ。しかし扶養している児童は、義務教育修了年令までとし、ま  た一八才以上の子女がいる場合には、これがある程度母の役割を代行し得るものとして、対象に加えない。なお年金額  は、子女の数に応じて加算するのが順序であるが、差し当つては一本立とし、今後の改善にまつこととする。     第二部 要    綱 第一 制度の立て方  一 差し当り現行公的年金制度の未適用者を対象とする制度を創設し、現行制度との調整をはかる。この制度は、強制適   用とする。  二 対象は、現行公的年金制度の適用を受ける者およびその被扶養者を除き、現行公的年金制度の適用を受けていない被   用者、農林漁業者、商工業等の自営業者その他の一般国民とする。  三 年金は、老令年金、廃疾年金および母子年金の三種類とする。  四 この制度は、拠出制の年金と無拠出制の年金とを組み合わせたものとする。無拠出制の年金を支給する場合には、拠   出制の年金はその額だけ減額する。  五 無拠出制の年金は、ただちに支給を開始する。拠出制の老令年金は、四〇年後から完全年金を支給する。五年以上拠   出した者に対しては、経過措置として、その間減額年金を支給する。また、拠出制の廃疾年金および母子年金は、五年   以上の拠出をまつて支給を開始する。 第二 老令年金  一 年金の支給開始年令は、拠出制の年金は六五才、無拠出制の年金は七〇才とする。  二 拠出制の年金額は、四二、〇〇〇円(月三、五〇〇円)程度とする。ただし、全拠出期間拠出しえなかつた者でも、   五年以上拠出した場合には、その拠出年数に応じ、一二、〇〇〇円(月一、〇〇〇円)程度以上の減額年金を支給する。   なお年金を受ける者が一世帯に二人以上あるときには、その年金額を若干減額することを考慮する。  三 この制度発足当時すでに二六才以上になつている者は、三〇年の拠出期間をみたすことができないので、経過措置と   して、その年令により定められた拠出年数(五年以上)に応じ、一五、六〇〇円(月一、三〇〇円)程度以上の減額年金を   支給する。また、五一才以上になつている者については、その拠出期間を若干延長することを考慮する。  四 無拠出制の年金は、一二、〇〇〇円(月一、〇〇〇円)程度とする。 第三 廃疾年金  一 廃疾は、外部障害のみならず、内部障害をも含める。年金の支給は、すべて厳格な意味で症状が完全に固定した後に   行う。  二 廃疾の程度は、完全廃疾(常時介護を要する状態にあるもの)とする。  三 拠出制の年金は、最低五年以上拠出した場合に支給する。  四 拠出制の年金額は、四二、〇〇〇円(月三、五〇〇円)程度とする。ただし、当分の間、給付の時期に応じ、二四、   〇〇〇円(月二、〇〇〇円)程度から四二、〇〇〇円(月三、五〇〇〇円)程度までの額とする。  五 無拠出制の年金は、一八、〇〇〇円(月一、五〇〇円)程度とし、六才(就学年令)程度以上の者に支給する。 第四 母子年金  一 母子世帯の範囲は、夫と死別した母と一五才(義務教育終了年令)程度未満の子のいる世帯であつて、一八才程度以   上の子のいない世帯とする。母子世帯に準ずるものについても、同様に扱う。  二 拠出制の年金は、最低五年以上拠出した場合に支給する。  三 拠出制の年金額は、二七、〇〇〇円(月二、二五〇円)程度とする。ただし、当分の間、給付の時期に応じ、一八、   〇〇〇円(月一、五〇〇円)程度から二七、〇〇〇円(月二、二五〇円)程度までの額とする。  四 無拠出制の年金は、一二、〇〇〇円(月一、〇〇〇円)程度とする。 第五 費用の負担  一 拠出制の年金の拠出期間は、二五才から五四才までとし、拠出金額は、有業者は月一〇〇円程度、無業者は月五〇円   程度とする。ただし、徴収技術上必要ならば一人月七五円程度とし、世帯主に世帯員の分をとりまとめて納付させる。   拠出金は、五年ごとに年率一・五パーセント程度の割合で引上げるものとする。  二 拠出制の年金の費用のうち三割を国庫が負担する。(国庫は、毎年適用対象者の拠出する金額と国庫の負担する金額   とを合わせたものの三割相当額を年金会計へ繰入れる。)  三 拠出金と国庫負担金とは、年金会計として積み立てる。予想利率は、一応五分五厘とする。  四 無拠出制の年金の費用は、全額国庫から支出する。  五 拠出制の老令年金の経過措置(第二の三)に要する特別の費用は、整理資源として、国庫が負担する。 第六 収入調査  一 当分の間、収入調査を行つて、一定額以上の収入または資産がある場合には、すべての無拠出制の年金は支給しない。  二 収入調査は、生活保護法のような厳密な方法によらず、ある程度以上の所得者を除外するための調査であることを立   て前とし、かつ、簡素な形のものとする。 第七 その他  一 老令年金、廃疾年金または母子年金を支給すべき事由が併せて発生した場合は、いずれか高い方の年金を支給する。  二 生活保護法の被保護者に対しても、国民年金が実質的に支給されるように、生活保護法との間に調整をはかる。  三 この制度および他の公的年金制度相互間の通算その他の調整をはかるものとする。  四 拠出制の年金の付加的な制度として、希望者に本来の拠出金のほかに一人月一〇〇円程度を拠出させて、より高い水   準の給付を行う特別の仕組を設けることも考えられる。  五 この制度の実施について、今後における各種年金制度の総合調整も考えて、中央および地方の事務機構を整備する。     第三部 補足説明  国民年金制度に関する基本方策については、なお引きつづき審議検討すべき問題も少くない。また、すでに結論を示した 項目についても、さらに深く掘り下げて研究せねばならぬ点もある。これらの詳細については、後日その見解を明らかにす る予定であるが、この際、とくにここに附記しておくのが望ましいと考えられる諸点について、以下若干の説明を加えてお きたい。 一、拠出金の負担限度   拠出金を一人当り有業者については月一〇〇円程度、無業者については月五〇円程度とすることとした根拠は、大体つ  ぎのごとくである。   国民年金の拠出金をいかにして定めるかという問題については、本制度とその対象者をおおむね同じくすると考えられ  る国民健康保険の保険料やその徴収状況を参考とするのが一つの方法であろう。国民健康保険においては、昭和三一年度  の実績は、平均一世帯当り保険料月額は約二三八円であり、その収納率は九〇・一パーセントで、未徴収世帯が約一〇パ  ーセントとなつている。ただしこの場合、国民健康保険においては、保険料はいわゆる均等割のほかに応能割として資産  割、所得割をもつて構成されており、その負担は定額均一負担となつていない。これに対して国民年金制度においては、  拠出金は一応定額制をとることにしたので、その拠出金を勘案する場合には、国民健康保険の一番低いところの保険料を  参考とするのが適当であろう。いま昭和三一年一〇月「国民健康保険実態調査」によれば、国民健康保険の適用を受けて  いる世帯のうち年収七万円未満のものは、全被保険者世帯の約二七パーセントを占めているが、これらの世帯の保険料は、  一世帯当り年額一、〇〇〇円ないし一、五〇〇円となつている。そこで、この負担額を最近五年間の平均上昇率一三パー  セントから推計すれば、昭和三四年度は一世帯当り年額一、四〇〇円ないし二、一〇〇円となり、その月額は一一六円な  いし一七五円となる。これらの事情を勘案すれば、世帯主については一〇〇円程度、家族については五〇円程度ならばま  ず徴収は可能であろうと考えた。しかし、家族のうち妻については五〇円程度が妥当であるとしても、たとえば、農家に  おける次男、三男のごときはむしろ有業者とし三〇〇円程度を徴収すべきであるとの意見もあつた。そこで、有業者一  〇〇円程度、無業者五〇円程度という結論に達したのであるが、このようになると、家内労働者である農家や小商人の妻  もまた有業者となるなどいろいろと問題が生ずるので、もし徴収技術の上からいつて、有業者と無業者との二本立にする  のが困難であるというならば、その平均をとつて、一人当り月七五円程度徴収するという考え方もある。   なお拠出金についても、将来の経済成長率をも考えて、基準年金額の場合と同様に年一・五パーセント程度の伸びをみ  て五年ごとに七・七パーセント程度づつ引き上げることが適当であろう。 二、無拠出年金と減額年金   本審議会が構想する国民年金制度においては、本格的な老令年金の支給開始の時期は四〇年後になる。   今日、国民年金としてまず老令年金が一般から強く要望されるに至つたのは、地方でいち早く敬老年金の名のもとに低  額の無拠出年金制度が開始され、これが強く国民の関心をひくことになつたうえに、旧軍人恩給の大巾の手なおしが行わ  れたことが大きな契機をなしたものといえよう。こうした事情を考えるとき、年金の開始を今後四〇年またなければなら  ぬというような案では、国民が納得するはずがない。拠出年金のほかに、無拠出年金制をも併せ考えることにした一つの  理由である。また拠出年金についても、すでに年令が高いため短期間しか拠出できない者には、減額年金の制度を考える  ことにした。すなわち、七〇才以上の者に対する月額一、〇〇〇円の無拠出年金をつくり、直ちにこれを実施するととも  に、また、年金制度の発足当時すでに二六才以上五四才までの年令に達していた人びとは、三〇年間の拠出を行うことは  できないが、少くとも五年以上拠出をしていれば、拠出年数に応じて減額年金を支給することにした。   なお無拠出年金の月額一、〇〇〇円ないし一、五〇〇円は低きにすぎるという考え方がでるかも知れない。しかし、こ  こでこれらの人びとに生活保障に値するだけの年金を無拠出年金として支給するということにすれば、例えば月二、〇〇  〇円を支給しなければならないことになり、毎年七二五億円程度の国庫負担が必要となる。それではあまり多額の国庫負  担となるので無拠出年金はもちろん、拠出年金の実現も困難となる。そこで、無拠出年金は、生活保障に必要な年金額の  半額程度で我慢し、将来は拠出年金の支給と相まつて、生活保障の実をあげるのがよいと考えた。また、事実月額一、〇  〇〇円ないし一、五〇〇円という金額は、農村においては今日でもなお相当の価値が認められるであろうし、都会におい  ても、かかる年金の存在が老人や廃疾者や母子世帯の人びとを大いに勇気づける効果はあると確信する。もつとも、こう  した程度のものであれば、収入の多い人びとに支給するのは考えものである。そこで無拠出年金については、収入調査を  行つて、一定額以上の収入または資産がある者には支給しないなどの措置を講じてはどうかということになつた。もちろ  んこの場合の収入調査は、従来生活保護法で行われてきたような厳密な方法をとるべきではない。たとえば、世帯単位の  収入額はこれを考慮しないが、本人が所得税を賦課されるかどうかを調査し、これを賦課されるときには、無拠出年金は  支給しないとか、本人が所得税を賦課されていないとしても、扶養義務者がたとえば一〇〇万円以上の所得を有する場合  には、これを支給しないとかなどの措置をとるのが望ましい。諸外国の例をみても、資産調査ないし収入調査は、大勢と  しては廃止または緩和されていく傾向にあるが、無拠出年金については今日なお採用されている例が多い。このような措  置がとられるとすると、七〇才以後になつて支給される年金額は月額三、五〇〇円であるが、そのうちの一、〇〇〇円は  無拠出年金であるから、所得税を納める人びとは七〇才以上になつても毎月二、五〇〇円の年金しか支給されないことと  なる。この点は、廃疾年金や母子年金についても同様であつて、廃疾年金については、無拠出年金が一、五〇〇円である  から二、〇〇〇円しか支給されず、母子年金については、無拠出年金は一、〇〇〇円であるが、年金額は二、二五〇円で  あるから差引一、二五〇円しか支給されないことになる。また、この方法によれば、六五才から月額三、五〇〇円の年金  をもらつていたものが七〇才になると、収入調査の結果月額二、五〇〇円しか支給されない場合が生ずる。このことは不  均衡であるので、この際は、六五才から収入調査をし所得税を納付している場合には年金額をむしろ二、五〇〇円程度に  減額しておく方がよい。これらの関係については、拠出制年金の性質その他からみて問題もあろうが、財源の関係等もあ  るので、当面の経過措置としてはやむをえないであろう。将来年金財政の余裕のつき次第収入調査の廃止、一部年金の増  額等につき配慮すべきであろう。なお一方、収入の多い者には、もし希望があれば本来の拠出金のほかに、さらに一〇〇  円程度の付加的な拠出金を徴収して、別に月額二、〇〇〇円程度の年金をプラス支給する任意年金制度を行つてはどうか  ということも考えられる。とくに都会に住む人びとの間からはこうした希望がでるかも知れない。   拠出年令を二五才から五四才までとしたのは、この年令の間のものならば拠出能力が十分あると考えたからにほかなら  ない。また、拠出義務者数は一応二、〇五〇万人と推定されるが、そのうちの約一割程度は事実上拠出が困難ではないか  と思われる。また、そのほかに、労働能力があるにもかかわらず生活扶助をうけている者が、約八、〇〇〇世帯もあるこ  とを忘れてはならない。そこで、これらの生活扶助をうけている者はもちろんのことそれ以外の各種の扶助をうけている  者についても、その扶助が短時日でなく三カ月もつづいているときは、その扶助をうけなくなるまでは、拠出金をとらな  いことにしてはどうかと考える。こうした人びとのほかにも、事実上、どうしても拠出のできない人があると思う。そこ  でこれらの人びとについてもなるべく年金を与えるために、たとえば老令年金については少くとも五年以上拠出したとき  には、その拠出年数によつて、減額年金を支給する制度を考えているが、かかる短期間の拠出すらできない者に対しては、  無拠出年金だけしか支給しないことになる。もちろん、当然に拠出すべきものがこれを滞納した場合、後日になつて利子  等をふくめて拠出すれば、これを拠出期間に数えるが、拠出金の納付を強制されないものについても、利子をふくめて後  日これを納付した場合には拠出期間に計上できるみちを講じておく必要がある。 三、年金の種類についての考え方   老令年金には、年令以外のことは条件としない年金もあれば、老令のため廃疾に近い状態にあると思われる者に対する  年金もある。また、老令による退職者の生活保障を目的とする年金もある。被用者の場合はこの最後のものが中心と考え  るべきであるが、国民年金としての老令年金ではその対象者にはなんらかの形の有業者が多く、退職を正確に把握するこ  とのできない人びとが多い。そこで、この場合にはむしろ退職を条件としない老令年金を考えるのが妥当でありその開始  年令を六五才とした。六五才というのは多くの国の老令年金にみられる年金支給開始年令でもある。   なお、老令年金の金額を一人月三、五〇〇円としたのは、すでに第一部で述べたような理由によるのであるが、この場  合夫婦そろつて老令年金を受給されるなど一世帯において二人の受給者がある場合には年金額は七、〇〇〇円でなくて、  たとえば五、五〇〇円程度にとどめるべきであろう。   また、身体障害者については、できうれば、その範囲を相当に広めてこれを完全廃疾者に限定しない方がよいとの考え  方もあつたが、廃疾認定の困難なり財源の関係から差し当つては極めて厳格なる意味の廃疾年金にこれを限定せざるをえ  なかつた。   すなわち、障害の種類には、外部障害と内部障害とを含めるし、疾病の種類は制限しないが、その疾病に対する医療効  果が、その症状の改善に寄与することが期待できない完全な固定状態になつたのちに年金を支給する。また障害の程度  は、その症状が常時介護を要する状態にあるか否かによつて区分し、その症状が、日常の自用を弁ずるに重大な支障があ  るため他人の介添保護がなければ生活し得ない状態にあるものについてのみ年金を支給する。常時介護という観念は、す  でに確立されたものといえるし、また、生活費のぼう脹という観点からも適当と考える。六才以上の児童を対象に加えた  のはそのためである。   この場合、注意を要するのは、年金については、労働不能の程度したがつて賃金取得能力の喪失に対する補償という被  用者保険の場合の考え方をとらずに、老令年金における所得保障と同様の考え方をとつた。したがつて無償で公的施設に  収容されている場合には、年金支給の対象にしないし、また補装具を使用できる場合などは、それを使用した状態におい  て廃疾の程度を判定することにした。そこで事実において年金の範囲は非常にしぼられる結果、それは身体障害者に対す  る年金というよりは、厳密な意味における廃疾年金ということになつた。   つぎに廃疾年金の金額であるが、これは、廃疾の定義を厳格にした関係からいえば、相当の金額にしないと筋が合わな  いわけであるが、老令年金とのバランスをも考え、一応月額三、五〇〇円程度とした。しかし、無拠出年金については、老  令年金が現在の老人単身世帯の生活扶助月額二、〇〇〇円の二分の一に当る一、〇〇〇円であるのにならい、四級地にお  ける廃疾者単身世帯の生活扶助月額三、〇〇〇円の二分の一に当る一、五〇〇円程度ということにした。また、老令年金  との見合いから、三、五〇〇円は制度発足後四〇年後から支給することとし、それまでは年次的に減額し、最初は二、〇  〇〇円とし、五年以上の拠出者からこれを支給することとした。五年の資格期間を設けたのは大体I・L・Oの考え方に  よる。もちろん制度開始当時すでに廃疾となつていたものについては、最初から月一、五〇〇円の無拠出年金はこれを支  給することとし、この制度制定の意義を深かからしめることにした。   昭和三一年の政府の調査により母子世帯となつた原因をみると、約八割は配偶者との死別が原因となつている。そして  この母子年金の対象と考えられるものは、これら夫と死別の寡婦とその子供との世帯である。ところで母子年金が問題と  なるのは、生計担当者たる父がない場合には、母に子に対する生活保持の義務があるのにかかわらず、一般に子供をかか  えて家事に従事している母の経済的能力は低く、就職なども困難であつて、この義務を果すことができない事情にあるの  で、母子に対して一定の所得保障をする必要があると考えられるからにほかならない。そこでこの母子年金の対象として  は、一応は一八才未満の子をもつ全母子世帯という考え方もあるが、しかし、義務教育を終つた子女はむしろ家計を助け  るべきであるとも考えられるので、ここでは母と一五才未満の子のいる世帯であつで、一八才以上の子のいない世帯に対  してのみ年金を支給することにした。もちろん、このほか祖母と一五才未満の孫のいる世帯とか、姉と一五才未満の弟妹  のいる世帯とか、世帯主が母以外の女子で、扶養義務のある一五才未満の児童のある場合などは、準母子世帯として同様  の年金を支給する。   年金額は子女の数に応じて加算するのが普通であろうが、差し当つては、これを無視して世帯単位で年金を支給するこ  ととし、その金額は月二、二五〇円とした。財源の上からいつても、事務手続を簡素化する意味からいつても、当分はや  むをえないと思う。なお年金額を二、二五〇円としたのは、老令年金における三、五〇〇円から無拠出年金の一、〇〇〇  円を引いた金額の半分である一、二五〇円に、右の一、〇〇〇円を加えた結果である。   なお、ここで、無拠出年金を月額一、〇〇〇円としたのは、老令年金とのかねあいもあつたからであるが、いま一つに  は、四級地における九才ないし一二才の児童の生活扶助基準月額が大体一、四〇〇円であり、母子加算が六〇〇円である  ので、その合計の二、〇〇〇円の二分の一をとつたからでもある。   母子年金の場合も廃疾年金の例にならい最低拠出期間は五年とし、制度発足後第四〇年までは、給付の時期に応じて  一、五〇〇円から二、二五〇円までの減額年金を支給することとし、そのうち一、〇〇〇円分は無拠出年金の扱いをする。  もちろん、五年以上拠出できなかつたものや、二五才までに母子世帯となつたものならびに制度発足当時すでに母子世帯  であるものには、無拠出年金だけを支給する。   なお、老令年金、廃疾年金または母子年金を受けとるべき事由が併せて発生したときは、いずれか高いほうの年金を支  給する。   また、母子年金を受ける者についても、将来老令年金の支給が考えられるので、拠出金はこれを納付せしめるが、廃疾  年金の場合には事情が異るので、これを納付せしめない。 四、生活保護法との関係   現行生活保護法によれば「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低  限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」とある。そこで生活保護法によつて生活扶助をうけて  いる者に年金を支給するとすれば、それは他の収入と同様に「利用し得る資産」として計算される。これでは国民年金制  度ができても、これらの人びとには、なんのプラスにもならない。すなわち老令者、母子世帯または廃疾者に年金を与え  るというこの制度創設の意義が失われることとなる。この不合理を是正するためには、年金を収入として認定しないか、  あるいは年金受給者について、世帯単位を個人単位にあらためるかの二つの方法が考えられるが、いずれも生活保護法の  基本的立て前とてい触する。   そこで本審議会は、とりあえず現行生活保護法を前提として、これと国民年金制度との調整をはかるというみちを選ぶ  のがよいと考える。すなわち生活保護法の加算制度を活用し、その拡張をはかる方法である。たとえば現行生活保護法で  認められている母子加算、身体障害者加算のほかに、老令者加算を新設し、これらの加算額を国民年金の無拠出年金額と  見合うものに定めれば、生活保護法の被適用者も事実上年金を受けたと同じことになり、国民年金制度創設の意義も貫徹  することができるであろう。もつともその具体的な金額その他については地域差等の関係もあるので、慎重なる検討を必  要とする。 五、被用者年金制度との調整   ここに構想するところの年金制度は、現在公的年金制度の適用をうけている人びとやその被扶養者を除いている関係  上、現存の年金制度との通算ないし調整をはかることが肝要である。   ところで、現在の公的年金制度は、歴史的な沿革もあつて、今日なお、制度相互間の通算すら行われていない実情であ  る。したがつて、いま、ここで新らしく国民年金制度を創設する場合、これと現行諸制度との間の通算ないし調整をはか  ることは、技術的にみてかなりの困難をともなう。だからといつて、安易な無拠出年金制度のみをつくつて一時を糊塗す  るようなことになつては、折角の国民年金制度の創設も無意味に近いものになつてしまう。   まず五人未満の事業所に働くという理由によつてのみ、厚生年金保険からとり残されている人びとを、たとえば組合方  式を利用するなどの方法によつて一時も早く厚生年金保険に加入させる必要がある。国民年金との通算が可能となれば、  このことはよほど容易となるはずである。   つぎには、被用者に対する現行各種公的年金制度相互間の通算措置のみちを開いておくことが必要である。もつとも現  行厚生年金保険は、去る昭和二九年、インフレの終息をまつて、従来の報酬比例方式の年金を放棄し、基本年金としての  定額年金に報酬比例部分を付加した構造の年金に転換した際、保険料率のとりきめ方等に問題があつたため、通算に当つ  て一つの難点となつている。幸いにして今秋を期して、厚生年金保険法の改正が行われるとすれば、これこそ、好機到来  といわなければならない。むしろ必要ならば、厚生年金保険そのものの立て方を他の公的年金やこの国民年金と通算でき  うるよう措置することが望ましい。このことは、恩給制度を切りかえて共済組合方式に改めようとの企てが実現される場  合においても同様にいいうることである。   いずれにしても、調整とくに通算の問題は、単に国民年金制度と現行公的年金制度間の問題が解決することだけでつき  るものではない。これと同時に、現行公的年金諸制度間の通算も可能とならなければならない。それだけに技術的にみて、  諸種の複雑なる問題をふくんでいる。したがつて、これを早急に実現することはあるいは困難かも知れない。しかし、こ  こに新しく国民年金制度を創設するときこそ、これを断行すべき好機であるともいうことができる。本審議会は、この問  題についてはさらに引き続いて、その具体案を検討し、できるだけ早急にしかるべき結論を出したいと考えている。   なお、国民年金制度創設の結果として、他の公的年金制度すべてにつき再検討の必要が生じ、この間いろいろの調整を  はからねばならないこととなろうが、それがひいて、いま普及しようとしている職域における私的年金にも影響をもつこ  とは注意の要がある。 六、事務機構と国庫負担率   年金制度の運営がうまくゆくかどうかは、一つにかかつてその事務組織いかんにある。細かい点はさらに検討するとし  ても、差し当つて必要な範囲で見解を述べると大体次のごとくである。なお、これら事務に要する費用は、他の社会保険  等との権衡からも、全額国庫の負担とすべきは、いうまでもあるまい。   中央機関として、厚生省に年金庁を設け、本制度の主管官庁たらしめるとともに、各種年金制度の中核官庁たらしめる  ように配意する。   年金の原簿は、年金庁に集中する。ブロツク別ぐらいに簡素な支局を設けることも考えられるが、当分その必要はある  まい。無拠出年金の給付事務と、拠出年金の徴収事務とは、市町村に扱わせ、国は実費と見合つた手数料を支払う。住民  登録、国保、農協、敬老年金その他との関係から市町村が最も便利であると思われる。福祉事務所を改組強化し、ここに  年金係を配置し、市町村の行う事務を第一次的に指導監督させる。そして無拠出年金の支給の収入調査、拠出年金の拠出  金を賦課しないための収入調査、母子世帯の認定などについては、市町村は原則としてここの確認を受けるものとする。  都道府県の民生主管部に年金課を設け、年金庁の監督の下に、第二次の指導監督機関とする。廃疾の認定は原則として  ここでやらせる。その他中間連絡機関として予算、統計、総合調整などの事務をとるのがよい。   積立金の運用については、単に特別会計の方式をとるのみではもちろん不十分であつて、その自主的な運営ができるよ  う慎重な考慮が必要である。また、その運用は被保険者の福祉のための諸施設に還元するなどの方途も忘れてはならない  が、将来の貨幣価値の下落とか、金利の低下に対処する意味において、相当の利回りになるような運用のみちも考えてお  く必要がある。   なお、最後に一言しておきたいのは、国庫負担率についてである。前述のごとくこの制度では内割三割という国庫負担  を認めているが、これは高きに失するとの感があるかも知れぬ。しかし、現在厚生年金保険では、給付費の一割五分を国  庫が負担し、保険料の半額を事業主が負担している。そこで、かりに月額三、五〇〇円の年金を支給するとすれば、その  一割五分に相当する五二五円は国が負担し、残りの二、九七五円の半額一、四八八円は事業主が負担するわけであるから、  結局被保険者が負担する部分は一、四八八円となる。ところで、国民年金の場合は、七〇才以上においては三、五〇〇円  のうち一、〇〇〇円は無拠出年金であるからその差額は二、五〇〇円となる。いま六五才以後平均余命を一三年と見てみ  ると、五年間は三、五〇〇円、八年間は二、五〇〇円となるから平均二、九〇〇円となり、これに対して三割の国庫負担  をするとすれば八七〇円となる。前述の二、九〇〇円からこれを差引くと、本人の負担は二、〇三〇円である。厚生年金  保険の一、四八八円とくらべてもなお多くの負担をしていることになる。もともと、厚生年金保険の場合は、保険給付に  対して国庫負担が行われるのに対し、ここでは拠出金に対して国庫負担が行われる。また、厚生年金保険と国民年金との  給付内容はそれぞれ異つている。だから両者をそのまま比較するのは当らないが、これらの数字からいって、三割の国庫  負担は大体妥当なのではあるまいか。英国においては、事業主の負担がある場合とそうでない場合との国庫負担率は一対  二となつているから、厚生年金保険で一割五分の負担が認められているならば、国民年金で三割の国庫負担が認められて  も穏当をかくというわけにはならない。 (諮  問)                                  昭和三十二年五月十五日総審第九五号                                  内閣総理大臣発 社会保障制度審議会会長宛       貴会に左記事項を諮問する。              記         国民年金制度に関する基本方策いかん。

年金制度の通算等について

                                 昭和三十三年十月六日総社発第三七六号                                  社会保障制度審議会会長発 内閣総理大臣宛  昭和三十二年五月十五日総審第九五号をもつて本審議会に諮問のあつた国民年金制度に関する基本方策については本年六 月十四日すでに答申したところであるが、このたび国民年金制度および現行各種公的年金制度間の通算等についての結論を 得たので、社会保障制度審議会設置法第二条第二項の規定により、別紙のとおり答申する。 「別紙」     年金制度の通算等について  現行公的年金制度については、基本的改正を行うべき点が少くない。特に厚生年金保険については大巾の改正を必要とす る。しかし、ここでは、当面の問題となつている通算問題を中心に意見を述べるにとどめたい。  今日、恩給や共済組合年金と厚生年金保険との間には、通算が行われていない。これは、これらの年金の間に期間通算の 必要がないと考えられたからではない。それぞれ成立当時の歴史的事情もあつて、技術的、事務的に通算がむずかしいと考 えられているからである。そこで、この際、国民年金制度を創設するに当り、思い切つて、これらの制度を御破算とし、改 めてこれらをも含めた国民年金制度をつくればよい。そうすれば全国民を対象とする真に名実ともにともなつた年金制度が 創設され、通算の必要もなくなると考えるものもあろう。  しかし、かかることは今日直ちに行いうることではなく、少くとも当分の間は現存の各種公的年金制度はそのままに存続 させ、これとは別に国民年金制度を創設するという措置をとらざるを得ない。その場合には、通算あるいは調整によつて、 制度は二本建であるいは数本建であつても、実質においては、すべての国民がなんらかの年金制度に加入し、老令その他の 場合には、必ず年金が支給され、それらの年金間に甚しいアンバランスが生じないようにする必要がある。  そこで、考えられる二つの方法がある。一つは、新しく設けられる国民年金制度に、従来公的年金制度に加入しているも のも、これに加入していないものと同様に加入させる方法である。一つは、現存の制度から洩れている人びとのみを加入せ しめ、その代りに既存制度と新しい国民年金制度との間に期間通算を行い、さらにアンバランスのないよう各種の調整を行 う方法である。  前者の方法は、二重加入制とよばれているものであるが、詳しくいえば、これはさらに二つに分れる。第一は、既存の公 的年金には全然手をふれることなく、これに加入しているものも、新しい国民年金制度に二重に加入させる方法である。第 二は、二重に加入させることには変りはないが、既存の年金制度の加入者が払込む保険料のなかから国民年金に必要な掛金 に相当する金額を国民年金会計に移すにとどめるという方法である。  被用者年金保険は、従来のままにしておき、被用者もその他の国民も、一切をあげて、一つの国民年金保険に加入させる のが理想的というのであれば、第一の方法は最も望ましいであろう。しかし、この場合には、被用者は従来の保険料負担の 上に、新しく国民年金についての負担にも耐えることが必要である。  そこで、第二の方法が考え出されたわけであるが、これについては、つぎのような欠陥がともなう。すなわち、この方式 によると、今後支払わるべき保険料のなかから国民年金の掛金に相当する部分が国民年金会計に移ることになるから、将来 については国民年金についての期間通算を行つたと同じ効果は達することができる。しかし、過去において既存の公的年金 保険に払込まれた保険料と国民年金との間の通算は行われない.通算は将来の期間についてのみ行われるにとどまり、その 効果は、三〇年後でなければ現われない。その上、この方法によるときには、各種公的年金間の通算はまつたく不可能であ る。ことに、問題は、従来の保険料から国民年金の掛金相当分を差引くとなれば、被用者年金における保険料、給付額の大 巾の変更はまぬがれず、結局は収支計算を基本的にやりなおさなければならない。また被用者年金から国民年金に払込む保 険料と事業主負担並びに国庫負担との関係において、諸種の問題を生じるおそれがある。いずれにしても、この方法による ときは、現行の被用者年金保険ほ、事業主負担、国庫負担、保険料、支給条件などについて、大巾の改訂が必要である。そ のため、やり方いかんによつては、折角の被用者年金保険そのものに危機が生じないとも限らない。それにも拘わらず、こ の種の二重加入制が主張されるのには、二つの根拠がある。一つは、この方法によるときは、国民すべてを国民年金制度に 加入せしめるという名分がたつからである。いま一つは、通算の措置は、事務的にも技術的にも困難であるから二重加入制 を採用する以外に途がないというのである。しかしただ形式的に、国民年金の形を整えるよりは、むしろ、実質的な効果に 重点をおくべきである。また、期間通算の困難を説くものは、むしろ事務的、技術的困難性を誇張しているきらいがないで はない。現に、共済組合年金間に期間通算が行われている。また、厚生年金保険と船員保険との間にも、これが行われてい る。国民年金と被用者年金保険との間における通算のみが行われがたいという理由がわからない。もし、二重加入制をとり 現行の各種年金保険とくに厚生年金保険を大巾に変更することを思えば、むしろ通算の措置の方が事務的にも技術的にもよ り容易ではあるまいか。  そこで、当審議会としては、厚生年金保険と国民年金との通算はもちろんその他各種被用者年金と国民年金との通算も、 さらには各種被用者年金制度相互間の通算をも行うとしていかなる方法があるかを考えることにした。  もちろんこの場合、通算は国民年金制度発足前についてもなされるのでなければならない。また、単に老令年金について のみではなく技術的に可能なかぎり遺族(母子)年金、障害(廃疾)年金についてもこれを行うことにする。そこでまず考 えられる方法は、例えば、各被用者年金の脱退手当金から所要額を国民年金会計にくり入れて、被用者年金期間を国民年金 期間に通算する方法である。この場合、脱退手当金が当該被用者年金期間に応ずる年数の国民年金積立金相当額以上の場合 には、その相当額を国民年金に移してその年数をこれに加入したものとして取扱う。もし残額があればそれを脱退者に支給 する。また、脱退手当金が当該被用者年金期間に応ずる年数の国民年金相当額以下の場合は、その相当額に見合う国民年金 の加入年数別積立金額によつて通算年数を換算して、国民年金加入年数を定める。また、厚生年金保険における脱退手当金 のごとく五年というような長い受給のための資格期間はこれを改めて他の公的年金の場合のごとく、できるだけ短縮する。 こうした措置をとるためには相当の数理計算が必要である。しかし、この脱退手当金の計算は、個々の被保険者について、 一々これを計算せず、平均標準報酬に対する倍率など現に行われている方式を是正するにとどめその基礎となるものとし て、一定の数理計算表を作成して倍率の算出を行う。  ところで、この方法によれば現行の少額の脱退手当金をそのままにして通算を行うことには不合理な点があり、当然にそ の手直しをせざるをえない。しかしこの手直しは、沿革上相当の困難が予想される。さらにまた、各被用者年金間の通算の 場合にはいろいろの困難が生ずる。  そこで、これに代るいま一つの方法が考えられる。それは、国民年金制度発足前については、それぞれの公的年金制度に おける脱退手当金を多少手直ししたものを源資とし、発足後は各種年金制度ごとに老令年金部分に見合う保険料(被用者年 金保険については労使が払込んだ保険料)を前提として年金源資を計算し、これをそれぞれの制度に凍結しておき、各年金 開始年令に達したときに、それぞれの制度の減額年金額とし、その合計を支給する方法である。但し、その場合、各被用者 年金において、単独には本来の年金に達しなかつたものについては、これを通算して二〇年の原則期間を充たしたものにの み、被用者年金における老令年金給付開始に相当するときに、それぞれ給付を開始する。右以外の場合には、国民年金にお ける老令年金給付開始のときに支給を開始する。  この方法によれば、年金源資は、脱退手当金移管の場合よりも多くなり、脱退手当金の廃止もでき、転出入の事務もはぶ け、一般国民にも理解されやすい。また、この方法によれば、現存の被用者年金保険はその立前を確保することができ、各 種現行年金制度と国民年金制度との通算も各種被用者年金間の通算もできることになる。  ただ、これらの方法をとる場合に問題となるのは、被用者年金の適用者の家族とくに妻の取扱いである。考え方として は、これらの人びとについても、当然国民年金制度に加入させるべきであろう。しかし、当審議会は、現行の健康保険が家 族制度を前提として考えられている事実を併せ考え、少くとも当分の間は、現行被用者年金における遺族年金および扶養加 算制を改正して、老令の遺族や老令の被扶養家族については、国民年金における年金支給額に見合うがごとき金額を保障す るなどの措置を講ずれば足りると考える。  もちろん、これとバランスをとるためすべての場合、被用者年金の給付金額が国民年金のそれを下廻るがごときことのな いようこれについてなお適切な措置を講ずる必要がある。  なお、これらの取扱いは国民年金制度が発足するまでに制度化されなければならない。いずれにしても、国民年金と被用 者年金との間のみではなく、各種公的年金間の通算をはかるのでなければ、被用者のみならず一般国民の年金に対する権利 を十分に守ることはできない。かかる趣旨において当審議会は、前述の方法は、多少不満の点はあるけれども、もつとも簡 便であり、適切かつ妥当な方法であると考える。関係当局は慎重に検討審議して、一時も早くその実現をはかるべきであ る。  (注)本答申は、「国民年金制定に関する答申」とともに、前出の「国民年金制度に関する基本方策いかん」の諮問に対    するものである。

《「昭和三十三年度社会保障制度審議会報告書」(総理府社会保障制度審議会)から全文を引用:原文縦書き》

 1999.3.2 登載
 【社会保障制度審議会勧告集(昭和24年度〜昭和37年度)】 【参考資料集】
 KA33 
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