昭和37年度


社会保障制度の総合調整に関する基本方策についての答申および社会 保障制度の推進に関する勧告                  
                                昭和三十七年八月二十二日総社発第二七三号                                 社会保障制度審議会会長発 内閣総理大臣宛  昭和三十四年九月二十六日総審第百五十号をもつて諮問のあつた社会保障制定の総合調整に関する基本方策について審 議した結果、これに対する答申にあわせて社会保障制度の推進についても勧告することが適当であるとの結論に達したの で、社会保障制度審議会設置法第二条の規定により別紙のとおり答申し、勧告する。 (別 紙)   社会保障制度の総合調整に関する基本方策についての答申および社会保障制度の推進に関する勧告  前  文  昭和三十四年九月二十六日、内閣総理大臣は本審議会に対して「社会保障制度の総合調整に関する基本方策」について諮 問された。それに対して本審議会は鋭意その答申を準備したが、たまたま日本経済の末曽有な成長に際会し、国民所得階層 の格差が拡大したため、わが国の社会問題もあらたに多くの解決すべき問題をもつにいたつたので、本審議会はそれらに対 する対策をもあわせて考究することが適当であると考えるようになつた。そこで、ほぼ三年にわたつて、本審議会の昭和二 十五年十月における「社会保障制度に関する勧告」以来累積してきた諸問題を再検討し、今後数年または十年におよぶ社会 保障制度の拡充に関する具体的な方策についての意見をまとめることに努力をかさねた。これがため、われわれは総会十六 回、全員委員会三十六回、各種の分科会等数十回をもつた。しかしながら、なにぶん問題が広範であるうえにどの問題にも 未必または未定の条件が多いので、確固たる結論をえることは容易でなかつた。その間、昨年十一月十日、中間報告にわれ われの志向の大綱を示し、また当面予算措置をいそぐ必要のある事項についての所見を述べた。その後、われわれはさらに 討論を継続し、今日、ようやく最後の結論をえるにいたつたので、ここにこれをまとめ、一つはもつてさきの内閣総理大臣 の諮問にこたえ、他はもつて今後のわが国における社会保障制度推進の指針についてあらたなる勧告とする。われわれの努 力にもかかわらず、問題が未熟であるとともに、なにぶんにも資料が不足であるために、なお十分に具体的でないことはわ れわれの遺憾とするところである。         目   次 第一章 総   論  一 これまでの社会保障制度  二 費用の配分   一)救 貧 制 度   二)社 会 福 祉   三)公 衆 衛 生   四)社会保険におけるプール制の導入   五)社会保険に対する国庫負担  三 給付の調整  四 社会保障の単位  五 本答申および勧告のくみたて 第二章 貧困階層に対する施策  一 生活保護によつて保障される最低生活水準  二 現行生活保護水準の引き上げ  三 生活保護の方法  四 生活保護の単位  五 自立の助長  六 必要即応の原則  七 不服申立機関の整備  八 児童の最低生活の保障  九 費用の負担と実施主体 第三章 低所得階層に対する施策  一 社会福祉対策   一)社会福祉の対象   二)社会福祉の運営   三)職業病対策   四)リハビリテーション   五)失 業 対 策   六)低家賃住宅対策   七)社会福祉の財源  二 低所得階層の社会保険   一)零細企業労働者の社会保険   二)日雇労働者の社会保険   三)被用者以外の低所得者に対する年金   四)失業者に対する医療給付   五)低所得者の保険料等の減免措置 第四章 一般所得階層に対する施策  一 収入の減少の原因となる事故に対する措置   一)給付の内容と給付相互の関係   二)給付と生活保護基準の関係   三)給付と所得の関係   四)給付の条件  二 支出の増加の原因となる事故に対する措置   一)多   子   二)疾病、負傷、出産  三 被用者の家族に対する措置  四 費用の負担 第五章 すべての所得階層に共通する施策 第六章 社会保障の組織化     第一章 総   論  日本国憲法第二十五条には「健康で文化的な最低限度の生活」をすべての国民に保障するとある。これが社会保障の目的 であるけれども、それを実現する手段方法は時代とともに、とくに経済構造の変化にともなつてかわるのは当然である。近 年におけるわが国の経済成長は著しく、それにつれて人口、就業、生活の諸状態における変動は大きい。具体的にいうなら ば、出産率の低下、人口の老齢化、農村人口の減少、人口の都市集中等のため、所得の格差、地域の経済力の格差は拡大し て、その解消がいよいよ強く要請されるようになつている。これはいうまでもなくある程度は政府の所得倍増計画に由来す るものであるから、これに対応して、社会保障についても、またそれを革新する意味において長期計画を樹立することは、 政府当然の責務といわねばならぬ。社会保障のこのあたらしい計画の立案にあたつて、われわれに与えられている公準は、 大体つぎの三項に要約されるであろう。 (1) 社会保障は、国民生活を安定させる機能をもつとともに、なおそれが所得再分配の作用をもち、消費需要を喚起し、ま  た景気を調節する等の積極的な経済的効果をもつ。この点からいえば、社会保障は、国の政策として、公共投資および減  税の施策とならんで、あるいはそれ以上重要な意義をもつこと。 (2) 国民所得および国家財政における社会保障費の地位については、今後十年の間に、日本は、この制度が比較的に完備し  ている自由主義の諸国の現在の割合を、少なくとも下廻らない程度にまで引き上げるべきこと。 (3) 右のような社会保障の計画をたてるについては、国庫負担、保険料および受益者負担の割合についての原則をあらかじ  め確立し、その原則により費用の配分の原則を定めること、また、各種の社会保障についても、その間の均衡の基準を定  めること。 一 これまでの社会保障制度  本審議会が昭和二十五年「社会保障制度に関する勧告」を行なつて以来すでに十数年を経過したが、この間において国民 生活が著しく向上したのに応じ、社会保障もかなりの発展をみた。しかしながら、これまでの施策は著しく計画性に欠け、 場あたり的に行なわれた結果、国民各階層の間の甚だしい不均衡を十分には是正しえなかつた。それゆえまず第一にこれま での社会保障の実態について充分な検討を加え、そのあり方に対して卒直な批判を加えることが、今後の社会保障の健全な 発展の指針となると考える。  これまでの社会保障は、社会保険を中心として発展してきた。社会保険は歴史的にみて世界いずれの国においても主とし て被用者に対する制度、とくに医療保険を中心として発達した。自然わが国においても健康保険が社会保険の中心として重 視せられた。これにはもちろん技術的な理由もあつた。保険は国民のうち把握しやすく、保険料のとりやすい部分について 構成しやすいということ、したがつてまずもつてこれが要求されたからである。しかしこのようにして応急的につくり上げ られた諸制度を、いまにしてかえりみれば、制度全体を通じた一貫した計画に欠けている。またそれはそのときどきにおい てやむをえないものに対して、財政的に最少限度の措置のみをしたこともあつて、自然、諸制度間のバランスが考えられて いない。その結果、たとえば被用者に対する医療保険制度のように高い水準のものもある一方、名ばかりの貧弱な制度もあ る。しかもいまや皆保険皆年金の政策が進められ、国民のすべてが社会保障の利益を受ける時代である。この制度の右のよ うな不備があらためて問題となる。  かくのごとくにして、わが国社会保障の問題はいまや新局面を迎えた。それは皆保険、皆年金によつて全国民をいずれか の制度に加入させるというだけではなく、それは全制度を通じて全国民に公平にその生活を十分保障するものでなければな らない。そのためには、各種制度を根本的に再検討し、それら諸制度間のバランスを確立しなければならない。このバラン スとは、単に各種医療保険相互間とか、各種年金相互間におけるバランスだけでなく、社会保障制度全般を通じて、より高 い次元におけるあたらしいバランスでなければならない。  このあたらしい課題にこたえるために、われわれは、まず社会保険についての従来の考え方を再検討する必要を感ずる。 というのは、この制度はもつぱら被用者に対する制度としてはじめられ、その発達も社会保険即労働者保険、労働政策また は社会政策の一環としてであつた。しかしわが国には、欧米先進国に比してなお自営業者とくに農民が多いために、このよ うな被用者に対する制度をそのまま国民一般にまでひろめてもうまくはゆかない。それゆえ現段階における社会保険の社会 保障においてはたすべき役割および限界をあらためて検討することがまず必要であり、ついで、これまでの社会保障の諸制 度における保障の水準を全制度を通じて総合調整することが必要であり、前述の三つの公準を前提として、あたらしい構想 に対する財源の分配、ことに国家の分担について、その通則を明らかにすることが必要である。この際において従来のよう に無計画にそれぞれの制度の水準を引き上げることのみに努力をかさね、財源の不足は国庫負担にゆだねればよいというよ うな考え方を続けるならば、力の強い者の属する制度はますます発展し、力の弱い階層に対する制度は低い水準にとり残さ れる結果となつて、社会保障の均衡のとれた発展が期待できないことは明らかである。  社会保険では社会保障の目的が十分に達せられないというのは、保険そのものの性質上やむをえない。けだし、保険料を 累進的に徴収することも、逆に給付を所得に反比例させることもむずかしい。また保険においては、その対象とする事故を 限定する必要があるから、各人各様の貧困原因のすべてをカバーすることはできず、できても、それぞれの収入の減少や支 出の増大を測定し、それに給付をリンクさせることは非常に困難である。これを要するに、防貧制度としては社会保険は有 力な手段であるが、すでに低所得者にはこれだけでは尽しえない面があり、このひとびとに対しては、保険以外に別の施策 を考える必要がある。これが日本における社会保障のあたらしい面である。以上の所論から、われわれは今後十年間におけ る社会保障制度全般を通じて均衡のとれた発展を期するため、以下に述べるような点に重点をおいて施策を進ぬることを提 案する。もとよりこれは問題を今後十年間に限定したうえでの方策であつて、理想的な社会保障制度を実現する段階となれ ば、その重点がかわつてこなければならない。 二 費用の配分  右のような新局面に対処するために、われわれは、問題を社会保障における各種の制度の費用の配分の問題から進めてゆ くことにする。すなわち、われわれのあたらしい社会保障を通じて、どういう部分を税金でまかなうべきか、どういう部分 を保険料でまかなうべきかまたどういう部分を関係者の負担とすべきか、それが問題の核心と考えるからである。 一)救貧制度  いま、あらためて社会保障制度全般を問題とするとき、この制度の重点をどこに向けてゆくかがその枢軸であるが、われ われは、社会保障の目的をもつて国民の最低生活の保障にあるとする。そしてそのためには、何よりもまず、最低生活水準 以下の者の引き上げに力が注がれねばならぬ。理論的にいえば防貧の方法が十分であれば救貧制度のもつ役割が減るという のが順序であるが、貧困という状態は、国民の生活程度の向上に応じて改善すべきものであり、とくにわが国のようにボー ダーライン階層に属する国民が多い現状においては、一般のひとびとの生活程度が上がれば格差はますます拡大し、貧困階 層がかえつて増すということもあり、いかなる社会になつてもある程度の貧困はある。これに対しては一定の制度、救貧制 度がどうしても必要である。しかもこの貧困の原因なるものは多種多様で、国民の私生活に対する国の干渉には限度がある ため、一般的な防貧の施策だけではこの貧困のすべてをなくすことはできない。 二)社会福祉  つぎに、社会保障は救貧から防貧へ発展するといわれる。すなわち、救貧についで防貧が社会保障の目標としてあげられ るが、防貧のなかでは、低所得階層対策が、それを目標とする社会福祉政策がこの際としては重視されなければならない。 ここでわれわれが社会福祉政策というのは、一般に考えられているような広義の社会福祉ではなく、国および地方公共団体 が低所得階層に対して積極的、計画的に行なう組織的な防貧政策をいう。この政策は、各人各様の貧困原因に応じて行なう ものであつて、それが貧困におちいることを防止する力が直接的であるという点で、社会保険に優先する。というのは、社 会保険のほうは、一般的、普遍的に防貧の力をもつといえるけれども、貧困におちいる個別的な原因に対してはその力が限 られるからである。すなわち、保険料を負担できないものは原則として除外され、あるいは防貧として効果のない低い水準 で我慢させられやすい。また一般的、普遍的でない貧困原因については対処できない。しかしながら、貧困の原因は多様 で、社会保険をもつてしてはこの原因のすべてをカバーすることはできないけれども、救貧線以下におちこむ公算の大きい 層に対してこそ、防衛手段が必要である。社会福祉は防貧のこの面を担当するものである。この意味において、社会福祉は 社会保険を補完するものであるが、そのため第二義的なものではないから、税金による一般財源は、公的扶助についで、こ の面に優先的に投入されるべきである。 三)公衆衛生  公衆衛生は、防貧対策の基盤となり、かつ、国民のすべての層を通じて健康な生活水準の防壁である。これは個個人の力 では十分でなく、社会が一体となつて行なわなければ効果をあげることができないものであるから、社会福祉とならんで尊 重されるべきである。わが国における公衆衛生、スラム対策、その他種種の生活環境施策はこれまで他の方面にくらべてお くれをとつているので、これをとりもどすことが必要である。しかしこの部門においては若干の受益者負担を除いては、そ の費用はあげて公の財源によつてまかなわれざるをえない。この意味において公の費用配分にあたつては、社会保険に優先 し、社会福祉についで重点をおくべきである。 四)社会保険におけるプール制の導入  社会保険を普及させるこれまでの段階においては、防貧の必要度からすればむしろ後順位のものから手をつけられた感が ある。その総合調整においてはこの点が反省されねばならぬ。現在のように社会保険の被保険者がひろまれば、負担能力の 低い層が入つてくる。そのため後からできた低所得の階層を含む制度においては、給付内容が悪いのにその負担はかえつて 重くなるという不合理を生じている。このような不均衡は国民感情からしてもなんらかの是正の措置をとる必要があり、社 会連帯の思想からしても負担の公平化をはからなければならない。これを根本的に是正するためには、現在分立している各 種の制度を統合し全国民を一つの制度に加入させることが理想である。しかしこのような統合はにわかにできないから、制 度の分立を前提とし、これら制度の不合理を是正するとなれば、制度間の財政の不均衛を解消するために国庫負担の増大が 必要となるであろう。しかし国庫負担を増大する点においてはおのずから限度がある。したがつて保険者間においてプール 制による財政の調整をはかることもどうしても必要になつてくる。というのは、所得再分配は範囲のひろいほど効果があ り、均衡は単に給付の問題だけではなく、保険料についても均衡を考えねばならぬからである。  プール制を行なうべき範囲は、再分配の効果からみてひろければひろいほどよい。しかし、最初からすべての制度につい てプール制を行なうことは困難であるから、まず制度間において負担能力に著しい差があり、給付に甚だしい不均衡のある 医療保険の分野から着手すべく、まず組合相互間においてプールを行ない、さらに被用者すべてについて、また国民健康保 険の保険者相互間においてもプールを行なうべきである。さらに将来はこの二つの体系相互間においてもプールを行なうこ ととする。これはいずれ将来において各制度間の統合を行なうためにはとらなければならない方向である。  もちろんこの主張は、社会保障に対する国の負担を軽減しようという意味ではない。もしこれによつて余裕が生じた場合 は、これを社会保険その他の社会保障制度の改善にふり向けるべきである。 五)社会保険に対する国庫負担  以上の考え方から、従来の社会保険に対する国庫負担に対して根本的な再検討が必要となる。従来は、とかく、負担能力 があり給付内容のよいものについて、より多くの国庫負担がゆくという欠点があつた。しかも財政当局は、支出を最低限度 におさえようとする結果、絶対額の多いものについてはきわめて巌格な態度で臨むのに対し、たとえ内容的には不当に高度 の負担であつても、絶対額の少ないものについては、比較的容易にその要求をいれるような傾向があつたために、ひろく国 民一般を対象とする制度は、比較的冷遇を受けているのに対して、少数の限定されたグループを対象とする制度は、財源的 に有利な条件にある場合でも、かえつてより有利な国庫負担を受けている。その結果、たとえば厚生年金保険から各種の 共済制度がつぎつぎと分離してゆき、本来の制度自体の存立をもおびやかすにいたるというような事態をも生みだしてい る。  そこで国庫負担を社会保険に導入する場合を考えなおすについては、まず各制度における国庫負担に対する既得権的な考 えを一掃し、つぎのような原則をたてるべきであろう。国庫負担は、最低生活水準を確保するために絶対的に必要とされる 給付に対して一定水準の保険料が受益者の負担能力をこえるような場合、あるいはインフレーシヨンによる積立金の不足の ように国以外に責任をもつものがない場合に行なわれるべきである。この原則によれば、負担能力の低い層に対して国庫負 担を厚くすべきである。また、事業主の負担のある被用者よりもこれがない自営業者に、個人的責任の度の濃い事故よりも 薄い事故に対して、それぞれ国庫負担を厚くすべきである。  これらの原則のほか、プール制ができあがるまでの間、プールが行なわれない制度間の財政の不均衡を調整するための国 庫負担は依然として必要であるし、事務費を全額国庫が負担すべきはいうまでもない。また、財政的な余裕に応じて、奨励 的な補助金を厚くすることも当然考慮すべきである。  なお、同種の制度内における保険者間の財源の配分にあたつては、負担能力に差があり、その結果給付水準にも差がある ような場合は、定率制よりも被保険者数に応ずる定額制を、給付額に比例するよりも負担能力に反比例する方式を利用する というような方向も考慮すべきである。 三 給付の調整  つぎに給付面においては、従来の社会保険は保険の原則にこだわりすぎたきらいがある。今後は所得再分配の観点にたつ とともに費用の効率的な使用を考えて、できる限り保険料と給付との比例関係を排し、保険料は能力に、給付は必要に応ず る方向に進むべきである。また従来は、個個の事故に対しておおむね画一的な給付を行なつてきたが、各人の収支を総合的 にとり上げ、低所得者には特別の給付をするという工夫をはかることがのぞましい。  また、社会保障は、各制度の均衡を保つて発展させなければならない。現行制度においては、制度がちがえば同一の事故 でも支給の条件や金額がちがうような場合があるのはすみやかに改めるべきである。たとえば各種医療保険の現金給付額相 互間には著しい不均衡があるし、支給条件についても相違がある。年金給付の支給条件にいたつてはさらに不均衡が著し い。この懸隔は保険者間の財政力の相違によつてやむえず生じている場合もあるが、関係者の怠慢によつて統一できるもの が放置されている場合も少なくない。そのために加入者が大いに不利益をこうむつている例も多いので早急に是正を考える べきである。  そもそも社会保障は、個人の私生活に対する一種の介入であるが、個人の自由を尊重するという立場からは、この介入の 程度はなるべく少なくしなくてはならない。また現物で給付する場合にはとくに給付の機会均等をはかる仕組みが必要とな る。この意味から、給付についてそれを現物とするか現金とするかは重要な問題を含むものであり、従来の区別はこの際再 検討し、一定の原則にしたがつて給付を行なうべきである。現物給付の特徴は、現金給付のように他の使途に流用されると いう必配がなく、したがつてむだが少なく、比較的安上りであるが、これを受けるものにとつては私生活の干渉となること が多い。それゆえ、給付を受けることが任意な場合については、現金のほうがよいであろう。給付を強制する場合や現金で はその効果が期待できない場合には、現物給付のほうが適当であろう。  つぎに被用者に対する給付については、労務管理の部分と社会保障の部分を区分して考えるようにしなければならない。 これは被用者とそれ以外の者との公平を期するために必要である。  皆保険、皆年金の時代となつた以上は、不当な落ちこぼれの存在は許されない。各制度がそれぞれ筋を通して発展するこ とは必要であるが、同時にそのことのために国民のなかに保障を受けない者を生ずることとなつては問題である。これを拾 うためには、いたずらに既存の観念にこだわつたり、縄張り的な考え方にとらわれてはならない。そのためには各制度本の 来たてまえが若干ゆがめられることとなつてもやむをえないであろう。 四 社会保障の単位  社会保障の給付を受ける権利が個人個人に帰属することは当然であるが、保障を行なう場合には現に国民がどのような共 同生活を営なんでいるかという実態をとらえ、その生活の基礎となつている単位に即して保障を行なうことが必要である。  現行制度においては、各制度が成立の時期を異にしているために統一が全くなく、社会保障の対象となるひとびとについ ても、場合により被扶養者といつたり、世帯員といつたり、家族といつたりしてその概念がわかりにくいのみならず、その 受益の条件についても、生計維持を条件としたり、同居を条件としたりしている。とくに世帯という言葉の用法が明瞭でな く、実際上各制度ごとにおいてその取り扱いが同一ではない。これはもちろん時代に応じ家族制度の変化につれてかわらざ るをえない。社会保障が家族制度をことさらに一定の方向に向けようとするのはゆき過ぎであるけれども、社会保障制度そ のものが時代におくれるわけにはゆかない。今後は、社会保障の対象としては夫婦と未成熟の子を世帯の単位とし、それを 基礎として親族または扶養義務者との関係を正確に規定すべきである。 五 本答申および勧告のくみたて  本答申および勧告は、以上の諸点を基本として従来の諸制度を総合調整し、そのうえ今後十年間におけるわが国の社会保 障の発展についての指針を与えることを試みようとするものである。この間における経済の成長については見るべきものが 期待されるとともに、社会保障制度も画期的な進歩をとげなければならないけれども、国家財政の立場からいつても、また 国民所得のうちから正当に社会保障にふり向けるべき割合からいつてもそこにはもちろん限度がある。また、その限度その ものを過大に仮定することはいましむべきであつて、それよりもそれを効果的に再分配することに主力を注がなければなら ない。  以上の見地から、一方では、従来の勧告および答申にあたつて採用した医療、年金、国家扶助、公衆衛生、社会福祉とい うような事業別区分による考察をやめ、他方では、社会保障の対象たる国民階層を、貧困階層、低所得階層、一般所得階層 というふうに分け、それぞれの階層に応ずる対策とこれらの諸階層に共通する対策に分けて考察することを試みた。もちろ んこれは制度自体をこの区分にしたがつて別別にたてようとする意味ではない。ここで貧困階層というのは、その生活程度 が最低生活水準以下である階層をいう。低所得階層とは、最低生活水準以下ではないが、その生活程度においてこれと大差 のないいわゆるボーダーライン階層をいうのであつて、さらにこれに老齢、廃疾、失業等の理由でいつ貧困階層に落ちるか わからない不安定所得層をも含ましめる。以上二つの階層に属しないそれ以上の階層のひとびとを一般所得階層とよぶ。こ のあたらしい区別のほうが制度全般に対する展望を容易にするものと考えるからである。  貧困階層に対する保障の方法は、いうまでもなく主として公的扶助により、いわゆる救貧を目的とするものである。つぎ に低所得階層に対する保障は、公的な社会福祉対策を主軸とし、このほかに各種の社会保険をも適用するが、それには場合 に応じて公的負担によつてこの階層のひとびとの加入を容易にするように考案する。第三に一般所得階層に対する保障にお いては、社会保険を中軸とし、これを防貧および生活安定の主な方法とする。なお、これらの各階層を通ずる対策として、 従来おくれていた公衆衛生、生活改善とくに生活環境改善についての諸施策は今後大いに推進する。     第二章 貧困階層に対する施策  国民の最低生活を保障することは社会保障の中心課題であるが、これにはもちろん経済、財政、労働、住宅等の分野にお ける諸政策においてそれぞれ十分な配慮が必要であり、とくにいまの段階においては本格的な最低賃金制度が確立すること が必要であることはいうまでもないけれども、それらについての具体的な提案はこの勧告の課題でない。かりにこれらの諸 政策がなにほどか有効に行なわれたとしても、また後にのべるような意味で、社会保険や社会福祉などの防貧の制度がかり に十分に完備されたとしても、貧困となる原因そのものはなお無限に残り、貧困が全くなくなるということはない。国民の うちに自力では最低の生活もできない者があるのは、社会的な悲しむべき事実である。そこで、これらに対して最低の生活 を保障する生活保護等の公的扶助は、依然として、社会保障の最小限度の、そして最も基本的な要請であるといわねばなら ぬ。国庫はこの要請にこたえるためこれについて所要の負担をなすべきであり、この負担は社会保障の分野において最優先 すべきである。そして財政上におけるこの負担の地位は十分に確保すべきである。 一 生活保護によつて保障される最低生活水準 (1) 最低生活水準は一般国民の生活の向上に比例して向上するようにしなければならない。 (2) 最低生活水準の策定にはできる限り理論的な算定方式を確立する必要がある。この場合、消費者物価の変動を織り込ん  でゆかねばならないが、そのためには、現在のように急激に生活構造が変化しつつあるときは、このような階層の生活実 態に即応した物価指数を設ける必要がある。なお、地域差は縮まることがのぞましい。 二 現行生活保護水準の引き上げ (1) 国民所得倍増計画が推進され、国民一般の生活水準が高くなつた今日、従来の保護基準はそれにおくれている。このお  くれをとりもどすことは本格的な最低賃金制度の確立とともに最も必要なことである。 (2) 生活保護水準の引き上げは、当面、昭和四十五年に少なくとも昭和三十六年度当初の水準の実質三倍になるように年次  計画をたてる。この場合、消費者物価の上昇はもちろん引き上げのつど織り込むようにする。  なお、生活保護水準の改訂は、公正でかつ権威のある手続きによつて行なわれるように改めるべきである。 三 生活保護の方法  生活保護は原則として金銭をもつてし、被保護者の住居において行なう。しかし、長期間自立できない者や自立の見通し が全くたたない者で、収容して保護することを適当とするものは保護施設に収容する。収容の条件および収容者の待遇につ いては一定の基準を設ける必要がある。また、現在の保護施設は、その数は少なく、その設備はきわめて貧弱である。その 整備拡充にあたつては、篤志家の努力にまつだけでなく、国が積極的に全国的な計画をたてるべきである。このような性格 をもつた施設の経営には主として国および地方公共団体があたるべきである。 四 生活保護の単位  生活保護は世帯単位に行なうことを原則とし、個人単位を例外とする。世帯の観念は、家族形態の時代による変せんに応 じてかわつてゆかねばならない。夫婦とその未成熟の子を単位とするのが適当である。  扶養義務ある親族の範囲と扶養の限度については、現在民法の規定を準用しているが、独自のルールを確立することがの ぞましい。 五 自立の助長  現行制度のもとにおいても、生業扶助のほか、被保護者の自立を推進するため、高等学校で修学する場合等に世帯の分離 を認めたり、自立更生を目的とする貸付資金については、それを収入と認定しない等の措置がとられているが、このような もののほか自立更生のために必要な措置は大幅に拡充する。 六 必要即応の原則  現行制度のもとにおいては、生活扶助、教育扶助、住宅扶助、医療扶助、出産扶助、葬祭扶助および生業扶助の七種類の 扶助があり、それぞれ生活困窮者の必要をみたすことになつているが、これだけの種類の扶助で十分かどうか再検討の要が ある。  また妊産婦、母子、身体障害者、老人等について各種の加算が認められ、勤労にともない必要経費が控除されることによ り、被保護者またはその世帯の必要を充足する措置がとられているが、生活水準向上との関係において、控除や加算の範囲 およびその程度につき、実情に即してさらに改善をはかるべきである。 七 不服申立機関の整備  公的扶助は国民がひとしく受けることのできる権利であるけれども、経済的な弱者であるこのひとびとにこの権利を保障 する制度、その不服申立制度は、社会保険にくらべて著しく不備である。不服の申し立てが簡易で迅速に、かつ、より公正 に受け付け、審査される機構を整えるべきである。 八 児童の最低生活の保障  児童のうち保護者のない児童は乳児院、養護施設等の児童福祉施設に収容される。これは公的扶的の一種であり、彼らに 対する保障の生活水準もまた昭和四十五年に昭和三十六年度当初の水準の実質三倍になるような計画が必要である。施設に ついては中央地方を通じて一貫した計画をたてなければならない。 九 費用の負担と実施主体  保護施設の設置費は、今後、国が全額負担する方向に向うべきである。生活保護費は地方公共団体としても重要な関心事 であるからその一部を負担すべきである。この場合、地方交付税等において全額これをうめるたてまえをとることは、地方 財政力からみて当然である。  生活保護は、その性質からすれば市町村の事務であり、その経費も市町村が負担すべきものという考えもあるが町村につ いては、事務処理能力と財政能力とにおいて実際上不可能と思われるので、この問題は地方制度全般の問題として別に将来 考究すべきである。     第三章 低所得階層に対する施策  社会保障の均衡ある発展をはかるためには、ささいな事故によつて容易に貧困におちいるおそれのある者に対する施策を 充実する必要がある。老齢者、身体障害者、精神薄弱者、母子、内職者、日雇労働者、失業者等のうちには、生活保護を受 けるまでになつていないが、それとあまりかわらない生活しかできないボーダーライン階層や、職業や収入が安定していな いために、いつ貧困におちいるかわからない不安定所得層のものが多く、その数はわが国において一千万人に近いともこれ を越えるともいわれている。これらの低所得階層は、その種類があらゆる分野にわたつており、しかも実態が十分に把握さ れていない。またこれらに対する対策についても積極的な方針がなく、従来は主として篤志家のみにまかされていた。わが 国のように所得格差が大きく、住宅その他についての公的施設がおくれている国においては、低所得階層の対策がとくに重 視されなければならない。そしてその対策は、従来のように恩恵的なものとして行なわれるのではなく、一定条件にある低 所得階層の権利として確保される方向に進まなければならない。今後は何よりもまず、低所得階層の調査、研究を進め、そ の実情を知り、これにもとずいてのこの分野における組織的、計画的な施策を推進し、またその効果を常に実証的に確認し つつ、これを効率的に運営しなければならない。 一 社会福祉対策  社会保障の目標達成のためには、生活保護についでこの社会福祉の対策に力を注がなければならない。ここでいう社会福 祉は、一定条件にある低所得階層の権利として確保しようとするものであるから、従来社会福祉といわれてきたものよりも 狭い概念であり、国民の福祉をより一層向上するために行なう対策はこれに含まれない。また社会保険を補完する性格から みれば、社会保険の整備によつてしだいに縮少する筋合いのものではあるが現実には社会保険の力はそこまでにおよんでお らず、またこの固有の分野はあまりにもゆるがせにされてきた。そこで今後しばらくの間、とくにこの分野を開拓し、貧困 におちいるおそれの最も強いこの方面に対する施策に税金を重点的に投入すべきである。  現在の社会福祉の最大の欠陥は、思いつきで、組織的、計画的でないこと、体系化への努力が払われていないことであ る。またこれを単に補助、奨励するのみであつて、これに対して積極的に責任を国がとらないことである。所得倍増計画が 進みつつある今日、社会福祉の対策についても十年計画を具体的にうちたてるべきである。これにそつてあたらしい事業が 地方または篤志家の創意ではじめられることはもとよりさしつかえないが、それが有効適切なものと判明した場合には、こ れをもすみやかに国の計画にとり入れなければならない。  なお、社会福祉施設は、国および地方公共団体の責任によつて充実しなければならないが、これを急速に充実するために は、社会保険の積立金はとくに適当な原資である。たとえば、年金福祉事業団等がこの資金をもつてこれらの施設を設置 し、長期の年賦償還の方式などにより、これを地方公共団体等に移譲することもできるであろう。 一)社会福祉の対象  社会福祉の対象は、生活保護の対象のように所得水準を基準に画一的にきめることはできない。というのは貧困におちい る原因なるものは多種多様であるからである。そこで十分な調査をしなくてはその対象を定めることはできない。この対象 を定めるについての基準を列挙すれば、  1 身体障害、精神薄弱、老齢、母子、多子、失業などの種類別にそれぞれ条件を定めること。  2 国民の生活水準、国民感情などからみて、妥当であると思われるものであること。  3 誰がみても貧困におちいるおそれが大きいものであること。  4 時代の推移とともに、また他の社会保障の整備とともにかわるものであること。  5 貧困におちいるおそれの大きさにしたがつて対象としてとりあげる順位を定めること。 二)社会福祉の運営  社会福祉は、その対象の種類が区区であるため、その対策としての方法もいろいろである。たとえば、身上相談、内職の あつせんの類から職業の補導、低利資金の貸し付け、金銭の支給、すすんで各種社会福祉施設や医療の提供などにいたるま で種類、内容、水準等においてまさに千差万別である。したがつて、どのような対策がその具体的な方法となるかはそれぞ れの対象に応じてきめるしかない。この場合、対象の種別ごとに十分な均衡はなかなかえにくいが、均衡をとるための配意 が社会福祉の体系化のためにとくに必要である。また施設の運営にあたつては、社会福祉のための施設と他の社会保障の施 設とを巌格に区別することも必ずしも必要でない。たとえば、乳児院、養護施設、養老院等においては公的扶助の部分、社 会福祉の部分、それ以外の部分が同一施設に混在することがあつてもよいであろう。なおたとえば、授産事業においては職 業訓棟や職業紹介との連けいをとり、また身体障害者についてはリハビリテーシヨンを前提とする医療が行なわれることは 社会福祉の目的を達成するために重要なことである。 三)職業病対策  業務上の疾病のうち、じん肺、高血圧疾患、有機溶剤による機能障害などの、業務の性質上、使用者が安全衛生措置を講 じてもなおかかるおそれがあり、しかも一生なおる見込みのない疾病、すなわちいわゆる職業病については、労働基準法上 の見地ばかりでなく、社会福祉の見地から終身その生活を保障しなければならない。これができたからといつて、労働基準 法に規定する範囲において災害補償責任による使用者の負担がなくなるというものではない。またこの対策は、職業病の発 生する職種からみて、被用者ばかりでなく自営業者にもおよぼすことが絶対に必要である。  なお、零細事業所の職業病その他の災害を防止するため、指導、援助の機関を大幅に充実する必要がある。 四)リハビリテーシヨン  社会福祉において重視しなければならないのは、身体障害者、精神薄弱者など、またとくにそういう児童に対するリハビ リテーシヨンである。リハビリテーシヨンにおいては医療が重要であつて、その医療の診療方針は保険医療におけるそれと 根本的にちがう。すなわちこの医療はこれらの者の更生を目標とする早期医療やリハビリテーシヨンである。この措置は交 通事故による障害者に対する対策においてとくに重要である。  また、精神薄弱児、身体障害者なんかずくし体不自由児、盲、ろうあに対する特殊教育などの施策はほとんどなおざりに されている。すみやかな充実をはかるべきである。  なお、せきずい損傷者その他更生の見込みのない重度障害者に対しては、一般的な制度以外に、その生活を保障する対策 を確立すべきである。 五)失業対策  現在の失業対策はきわめて不完全である。失業者が就職するまでの対策たる失業対策事業はこのうちで主要なものである が、それのみについていうも老齢者や女子で就戦の機会が与えられず失業者として固定化しているものが非常に多いが、彼 らはややもすればボーダーライン以下におちいる。またこの対策の対象とならない半失業、潜在失業は日本には非常に多 く、将来あるいはそれが増加するおそれは十分である。この際政府は、現に失業対策事業に就労している者の生活を不安に しないように配慮しつつ失業問題を根本的に掘り下げ、完全雇用の見地にたつた西欧流の本格的な失業対策を確立すべきで ある。そしてこれにともなう財政的支出は惜しむべきではない。 六)低家賃住宅対策  わが国の住宅難は国民全般の問題である。これに対する国の施策が不十分であるうえ、近年の産業構造の変革、人口の過 度な都市集中などがこの問題をいよいよ深刻にしている。とくに国の住宅政策は比較的収入の多い人の住宅に力をいれてい るので、自己の負担によつて住宅をもつことができず、公営住宅を頼りにするよりほかない所得階層の者はその利益にあず からない。これでは社会保障にはならない。住宅建設は公営住宅を中心とし、負担能力の乏しい所得階層のための低家賃 住宅に重点をおくよう改めるべきである。とくにわが国に数多くあるスラムの住宅改良は国みずから重点的に行なう必要が ある。 七)社会福祉の財源  社会福祉の費用は原則として国と地方公共団体が負担すべきである。この両者がいかなる割合で分担するかについては、 たとえば、施設の設置費は地方のほうが多く運営費は国が主とする財政原則は一般には適用されるが、具体的には受益者の 範囲や事業の性質に注意すべきである。全体として国の負担が大部分となるのは当然である。  社会福祉は、その性格からみて、事業の採算本位に運営されてはならず、原則として受益者に費用を負担させるべきでは ない。しかし、当人に負担能力があり、かつ受益できない者との権衡上適当である場合には、費用の一部を当人に負担させ ることもある。この場合に、どの経度負担させるかは個別的に判断するよりほかはないが、負担能力によつて差を設けるこ とが必要である。 二 低所得階層の社会保険 一)零細企業労働者の社会保険  従業員五人未満の零細事業所に雇用される労働者に被用者保険を適用し、一般の被用者と同様の保障を行なうことは今後 の社会保障の総合的な発展のために絶対に必要である。これについては、事業所の数が多く、その業種業態がさまざまであ り、労働者の移動増減がはげしく、またその賃金形態が整備されていないなど、実態をつかむために幾多の困難があるが、 各保険制度がばらばらの対策を講ずることなく、これまで各方面から考究されてきたいろいろな方法について比較検討し、 この際効果的な方法を早急に考案すべきである。この場合は、企業の負担能力は概して小さく、賃金水準は低いから、国 庫負担の率は当然多くなるであろう。  また、零細企業の労働者の業務災害補償を完全に行なうには、単に労働基準に関する法規にまかせておくのみでなく、労 働者災害補償保険の適用をはかる必要がある。 二)日雇労働者の社会保険  日雇労働者については、なしうれば一般の被用者保険の適用をはかることがのぞましい。しかしその雇用形態からみて実 情に即した方法をとることが必要である。この場合、日雇労働者のみを対象とする保険ではどうしても高い保険料または低 い保険給付となるおそれがある。この部門には高率の国庫負担を導入しなければならないが、さらにすすんで一般保険との プールを行ない、一般の被用者との権衡をはかるべきである。年金は被用者年金を適用するためには保険料を長期間にわた つて被用者として継続して納付することのできることが条件であるが、日雇労働者は、その実態がさまざまであり、しかも 日日雇用であるため、必ずしも年金の受給資格の生ずるまで継続して被用者となつていない実情にかんがみ、やむをえず国 民年金を適用する場合であつても、その保険料については事業主負担を考慮する。 三)被用者以外の低所得者に対する年金  国民年金において、保険料を負担できない低所得者に対し、その免除措置をとるのは当然である。これらの者に対して は、国が保険料を負担させるのが適当でないと認定した者であるから、その年金額の算定にあたつては国庫負担の増額を考 慮しなければならない。  なお、被用者に対する児童手当の制度を設ける場合は、被用者以外の者で一定所得以下のものに対しても全額国庫負担に よる児童手当の支給を考慮する必要がある。この手当は被用者に対するものと権衡のとれたものとすることはもちろんであ る。 四)失業者に対する医療給付  失業中における医療給付は現在は原則として空白であるが、少なくとも失業保険金を受ける資格のある期間は被用者の医 療保険によりその医療を保障するように改めるべきである。この場合における費用は失業保険の負担とするのが妥当であろ う。 五)低所得者の保険料等の減免措置  社会保険の被保険者のうち、一定水準以下の所得の者に対しては、保険料の減免措置を講じ、また著しく賃金の低い者に 対しては、たとえばその保険料負担分の一部を事業主に負担させる等の措置によつてその負担を軽減する必要がある。また 国民健康保険において、一定水準以下の所得の者に対しては、医療費の一部負担を減免する措置も考慮すべきである。  これらの減免措置にともない、これにみあつた国庫負担の増額の道を講ずる必要があろう。     第四章 一般所得階層に対する施策  貧困階層や低所得階層に対する生活の保障は、公費を財源として、その生活の全分野にわたる保護を行なつたり、個別的 特殊的な貧困の原因に対処しなければならないが、これ以外の一般所得階層は、自力で通常の生活を営なんでおり、また営 なみうる能力をもつている。しかしこのような階層であつても一定の事故に面した場合には、自力だけではその生活の安定 がそこなわれるおそれがある。このため各人が必要な経費をそれぞれ拠出し、相互扶助の精神にもとずき社会的集団的な方 法で、みずからこの事故に対処する措置がはかれてきた。社会保険がこれである。したがつてここでも一般所得階層に対し ては、社会保険を中心とし、目的税的な保険料として必要な経費を拠出させ、一般に生活を不安定にする事故についてその 対策を考えることとする。このひとびとはその程度においてはこの経費を負担する能力をもつており、また、みずからをし てそれに必要な経費を拠出させ、共同して生活の安定をはかることは社会連帯の観念からしても、当然の要求である。  国民は、その従業上の地位によつて、被用者とそうでない者に分かれる。と同時に、生活不安定の原因となる事故も、被 用者に固有のものとすべての国民を通じて起りうるものに分かれる。そこでたとえば、失業のように被用者に固有な事故に 対しては、もちろん被用者に対する社会保険制度だけになるが、疾病や老齢のようにすべての国民に共通の事故に対して は、一本の制度にすることには必ずしも適当でない。そこで被用者とそうでない者に分けて、これに対する制度を二本立と する。被用者を対象とする制度は将来これを統一する方向をとるべきであるが、現在のところ被用者に対する保険の適用範 囲がその対象とする事故によつて異なり、また、同じ事故を対象とする保険でも多くの制度に分立し、その間、給付の水準 や条件に相違があつてなんらの統一もない。被用者間の公平からも、所得の再分配の観点からも、まずこれを早急に是正し なければならない。この場合、社会保険として純化させるため、これらの制度に含まれる労務管理的な性格をもつ部分は、 区別して考える必要があり、またプール制等の財政調整を行なうことによつて被用者間の負担の公平をはかる必要がある。  生活不安定の原因となる事故は、収入の減少と支出の増加に分けられる。収入の減少となるものは、失業や疾病、負傷、 分べんのための休業による一時的なかせぎの喪失ないし減少と、老齢、廃疾および生計中心者の死亡による長期的なかせぎ の喪失ないし減少があり、支出の増加となるものは、疾病や負傷の治療費の支出、分べん費や葬祭費の支出および多子によ る養育費の支出がある。このような事故については、その事故に応じてそれぞれの制度がその機能を営なんでいるが、もつ ぱらそれぞれの事故のために設けられた関係もあつて、給付相互の均衡については考慮が欠けていた。今後は、このような 制度全体について総合的に考えることが必要である。 一 収入の減少の原因となる事故に対する措置  一時的なかせぎの喪失ないし減少については失業保険金、傷病手当金、休業補償費、出産手当金が支給され、長期的なか せぎの喪失ないし減少については老齢(退職)年金、障害年金が支給されている。いずれも現金給付である。このうち傷病 手当金と出産手当金は、医療の保障そのものでなく医療を要する者の休業中の生活保障であるが、医療の効果とも深いつな がりがあるから、現行制度では医療保険で取り扱かわれている。これは妥当である。国民健康保険においても医療給付の引 き上げがある程度解決されたならば、傷病手当金や出産手当金を考慮するのがのぞましい。  一)給付の内容と給付相互の関係  現行制度では傷病手当金、出産手当金、失業保険金は賃金の一定割合であり、老齢年金や傷害年金は報酬に比例するも の、定額のもの、両者を組み合わせたものがあり、これらの金額のきめ方について、その相互の間には一貫した原則という ものがない。それぞれの事故に応じてバランスを考えなおすべきである。このような観点からすれば、傷病手当金、休業補 償費、出産手当金は、就職中の一時的収入途絶に対するもので、被用者の賃金に比例するのがよく、老齢年金、障害年金、 遺族年金は長期にわたる生活保障であるから、定額部分の占める割合が高くなるのがよい。失業保険金はその中間で、賃金 比例を中心としこれに定額部分を加味すべきである。これを具体化するとつぎのとおりとなる。  老齢年金、障害年金、遺族年金については、すべての制度において給付額の最低保障を行ない、その額は定額で、なるべ く均衡するように定める。被用者を対象とする年金制度では、厚生年金保険の報酬比例部分に相当する部分は年金給付の構 成要素として残すとともに、国民年金においては保険料に所得比例を加味することとの関係で、定額部分のほかに保険料に 比例する部分を設けることを考慮する必要があろう。遺族年金は、現在画一的にその額を老齢年金の額の半額と定めている が、遺族の生活を考えるとこのたてまえは根本的に是正すべきである。  現在の年金額は、共済組合による年金は別とし、老齢、廃疾および生計中心者の死亡という事故に対する生活保障として は甚だ不十分で、魅力に乏しい。今後、社会保険において最も充実をはからなければならないのはこの年金部門であつて、 すみやかに大幅な年金額の引き上げを行なう必要がある。この場合、年金の定額部分は、国民の生活水準の向上とみあつ て、昭和四十五年には、少なくとも被用者の老齢年金では二十年間の被保険者期間のものについて六千円程度とし、一般国 民の老齢年金では四十年間保険料納付済期間のもの(昭和四十五年にはまだ生じない。)について七千五百円程度とするこ とが妥当である。なお通算老齢(退職)年金は、現在とりあえず通算をしたに過ぎない状態であるので、その水準の引き上 げをはかるべきである。さらに以上の趣旨に準じ、各福祉年金の増額その他の改善をすみやかに行なうべきである。  失業保険金については、前述のように定額制一本にすることも適当でなく、また賃金比例一本ということも現段階では妥 当でない。賃金日額の六割という率は、諸外国にも多くみられるところであるが、以上の見地から再検討を要する。当面の 改訂の措置としては、低額所得者には賃金日額に対する割合を引き上げ、また定額の扶養加算を設けることも一つの方法で あろう。  なおこれらの給付には均衡のとれないものがある。たとえば、傷病手当金と失業保険金とでその最高額や最低額に相当の ひらきがある。健康保険においてその標準報酬の最低額を引き上げて傷病手当金の最低保障額を高くし、失業保険金におい てその最高制限額を引き上げれば今よりは均衡がとれるであろう。 二)給付と生活保護基準の関係  傷病手当金、失業保険金、老齢年金その他前述の諸給付は、それによつてそれぞれの事故の起きた場合に、少なくともそ の最低生活を保障するためのものであるから、最低保障額を設ける必要がある。その最低保障額は、生活保護基準を上回る かあるいはそれと同程度のものでなければならない。したがつて、生活保護基準が国民の生活水準の向上に即応して上昇す るならば、それに応じてその金額を改訂すべきことになる。この場合、問題になるのはつぎの二点である。  一つは最低保障額を生活保護基準の上昇に応じて引き上げるために国庫負担の増大を必要とする場合の問題である。給付 水準のこのような引き上げが保険料の引き上げだけでまかなえる場合にはもちろん問題はないが、それができないで国庫の 負担を増大しようとすると、生活保護の国庫負担は最優先するという前述の主張と競合する。こういう場合には、これらの 給付水準が生活保護基準を下回ることがかりにあるとしてもやむをえないであろう。またこの場合、生活保護基準に定めら れた金額は国民の最低生活を保障するものであつても、被保護者のうちには他の収入のある者もあるので、実際に支給され る額は平均的にはこの基準の約半分であるから、国庫負担はこれとの権衡を考える必要がある。  他の一つは最低賃金との関係であつて、現在のようなわが国の最低賃金制度のもとにおいては、傷病手当金や失業保険金 が就職中の賃金よりも高くなる場合もあることである。こういうことは妥当でなく、就職中の賃金を限度とするのが筋であ ろうが、このような例はきわめて少なく、最低賃金制度が本格的なものとなれば解消するから、それまでの過渡的なものと してそれほど巌格に考える必要はないであろう。 三)給付と所得の関係  社会保険は、給付反対給付均等の原則にたたない。その点で私保険と異なる。この保険では、あらかじめ保険料を納め、 一定の事故に対し一定の給付を画一的にもらうのが原則である。この保険料はこのような給付を受ける権利を保障するもの である。しかしながら、実際には財源が十分でないので、当分の間は、低所得者に一定水準の給付を確保するため、技術的 な面を考慮しながら所得によつて給付に差をつけることがやむをえない場合もあろう。  また、多数の保険が相互に関連なく並列している関係から、たとえば一つの年金制度における老齢年金が他の年金の被保 険者に支給されたり、老齢年金と失業保険金が合わせて支給されるというような場合がある。これらの給付は、さきに述べ たように、その給付によつて少なくとも最低の生活を保障できるようにすべきであるから、このような保障がされる以上 は、これを整理し、重複して支給できるような仕組みは原則として改める必要がある。 四)給付の条件  老齢年金の支給開始事由である老齢という事故は、老齢による稼働能力の喪失ないし減少と考えてその支給開始年齢を決 定すべきである。この場合、被用者とそうでない者との間には退職の有無その他生活の条件に相違があるので、それぞれの 老齢年金の支給開始年齢に差があるのは当然である。被用者の老齢年金の支給開始年齢は、今後における定年制の動向や高 年齢層の労働力需給によつて決定すべきであるが、現在は現行どおり六十歳を原則とし、本人の選択により例外的には、五 十五歳から減額年金、六十五歳から増額年金の支給を考えるべきであるり国民年金においては、所得の低い者に対して六十 歳から六十五歳まで減額して支給できるよう考えるべきである。なお、被用者についてはこれまでどおり退職を条件とすべ きであり、ただ、年金の支給開始年齢になつてからも働いている者でその賃金が年金額よりも少ないものについては、調整 して支給する道を開いておく必要がある。  障害年金や遺族年金の受給のために必要な資格要件(被保険者期間や保険料納付期間)は、被保険者や遺族の生活をまも るという見地から、皆年金の今日、最少限度にとどめるべきである。  失業保険においても失業保険金受給の条件となつている被保険者期間は可能なかぎり緩和をはかるべきである。同一事業 主に引き続き雇用された期間が長い場合に行なわれる給付日数延長のたてまえは、保険の理論からも労働力流動化の見地か らも甚だ不合理であるから、被保険者期間の長期継続を条件とするよう改めるべきである。また給付日数の延長は検討すべ きであるが、とくに失業状態が著しく悪化し、就職が困難となる場合とか、中高年齢層で受給期間中に就職できない者の場 合等には、実情に即した日数の延長が必要である。職業訓練手当、就職支度費などの制度をさらに大幅に拡充して失業者の 就職につとめるべきである。なお季節労働者にみられるごとく、受給地の賃金水準にくらべて著しく高い失業保険金を受け るために就職をしぶることのある現在の仕組みは改められるべきであろう。 二 支出の増加の原因となる事故に対する措置  疾病、負傷、分べん、死亡の際の治療費、出産費、葬祭費の支出は、わが国においても早くから貧困の原因と考えられ、 医療保険によつて給付が行なわれてきた。これに対し、多子による貧困を防止するための施策はながらく放置されてきた。 母子福祉年金の創設が契機となつて、生別母子家庭等に対する児童扶養手当制定がはじめられたけれども、これだけでは多 子による貧困は防止しがたく、西欧諸国に対して大きなたちおくれがある。いまや、本格的な児童手当制度を発足させるべ き時期であろう。 一)多  子  児童手当の問題は、人口問題としても、家族制度の問題としても、きわめて重要な問題であり、慎重な考慮を要する点が 多い。詳細についてはなお検討を期したいが、雇用構造の変化からみて、まず被用者に対する社会保険として発足させる。 全国民に実施するのはつぎの段階であるが、被用者以外の国民のうち一定所得以下の者については被用者と同時に実施すべ きである。支給対象とする子はこれらの者の扶養する子女で義務教育終了前のものとし、なるべく第一子からとすべきであ る。 二)疾病、負傷、出産  国民の疾病に対して公平に、最新の医術の進歩にてらして完全な医療を提供して、国民の健康を保持することが、社会保 障の最大の要務であることはいうまでもない。この目的を十分に達するためには、医療国営がもつとも有効であるという考 え方もあろうが、現在の日本の経済および社会の実情にてらして考えれば、これは不可能であるのみならず必ずしも適当で ない。現在においては、現行開業医制度の長所をみとめ、その前提のもとにおいて、全国民が医療機関を容易に利用しうる ようにすると同時に、支払い能力の低い者に対しても医療がなるべく十分にゆきわたるようにすべきであり、医療費の負担 が生活の安定をそこなうようなことがないようにする点に重点をおきつつ、医療保険の方法によつてこの問題に対処するほ かない。本審議会はこれらの点については従来しばしばふれてきたところであるが、今日なおその趣旨が十分に実現されて いないことを遺憾とするものである。とくに医療機関の全国的適正配置が実現されず、医療機関の不足せる地区があつた り、低額所得者に対する配慮がいまだ十分でなく、制限診療はやむをえないとしても給付内容においてなお十分でない点も あるこれらの点に対して療養費払いは、医師と患者との自由な人間関係と医師の自主的な判断による医療を尊重し、制限診 療の弊害を除き、医学医術の向上に寄与し、医療費に関する紛争を少なくするという点もあるが、現物給付はすでに国民に したしまれており、医療を受けるときの出費が少ないために早期に治療を受けうるという長所がある。とくに低額所得者に 対してはこの長所を確保することがのぞましい。  医療保険の被保険者や被扶養者が医療を受けやすいようにするためには、医療費の自己負担を軽減することがのぞまし い。そのため給付率はそれぞれの制度ごとに被保険者、被扶養者を通じて九割程度にまで、さしあたつては最低七割程度に まで引き上げる。自己負担の軽重を勘案して、たとえば入院のように多額の経費を要する場合には十割、軽微な疾病につい ては五割というのも一つの方法である。給付期間はどの制度においても転帰までとすべきである。また各医療保険の医療給 付の範囲や内容は、できるだけこれを同じくする必要がある。現物給付のたてまえをとるならば一定の規格があることは当 然であるが、その範囲はできるだけひろげ、通常必要と考えられるような診療や薬剤はすべて提供するようにすべきであ る。  さきに述べたように被用者を対象とする保険は将来の方向として一本の制度とすべきであるが、現行の健康保険組合や公 務員等の共済組合は、健康管理の面からすればむしろすぐれた点がありまた外国の例にてらしても医療保険は本来民主的な 組合方式によつて運営されている場合が多いので、これを廃止することは必ずしも適当ではない。この場合、後述のように プール制による財政の調整を行なうことが負担の公平という点から必要である。なお、組合の存在を認める以上、労務管理 的色彩の濃い部分は附加給付として残すことになる。  国民健康保険は、将来国営にもつてゆくのが理想であるが、医療機関の分布が不均等な段階では、健康管理がゆき届くと いう点も考えて市町村営のままとしておき、所得再分配という点は都道府県ごとに財政調整のためのプール制度をつくつて 行なうことが現実的である。  被用者に対する保険においても、それ以外の国民に対する保険においても、医療と同時に予防にも重点をおかなければな らない。このことは医療の保障という立場からいつても、最近の医学医術の発展からいつても必要なことである。公衆衛生 として国民に強制しなければならないものは、これに必要な費用の全額を公費でまかなうことがのぞましいが、これ以外の もの、たとえば健康診断のように医療と密接な関係のあるものは、多くの範囲の被保険者が簡便に受けることのできるもの である限り給付の一つに認めてよく、この場合には被保険者にその費用の一部を負担させる。  なお、分べんのうち正常分べんは疾病とは考えられなかつたため、医療給付として行なわれることなく、分べん費として 現金給付が行なわれるにすぎなかつた。最近における人口構造の推移からみて、とくに人口資質の向上をはかる必要性があ り、健全な子の出産はその基礎をなすものである。この意味からいつても分べんについては、現物給付の方法をとり、分べ んに必要な実費をカバーできる程度にまで給付内容を充実し、産前産後の健康診断を行なうことも考慮すべきである。 三 被用者の家族に対する措置  被用者の被扶費者について、疾病、負傷、分べん、廃疾、死亡、老齢等の事故が生じた場合の取り扱いは、これらの事故 に対処する制度ごとにばらばらであり、一貫した原則はない。被扶費者の疾病、負傷、分べん等については、家族療養費、 配偶者分べん費等が支給されるのに対し、配偶者の廃疾、老齢については、国民年金に任意加入しない限り、その者のため の障害年金や老齢年金はない。ただ、厚生年金保険と船員保険では、配偶者と子について障害年金や老齢年金に加給がある だけである。各種共済組合についてはこのような加算もなく、また傷病手当金や失業保険金では被扶養者の有無は支給され る金額にはなんらの関係もない。これらのうち子については、児童手当制度の創設によりその大部分が解決されるが、児童 手当が支給されない場合も起りうるから、このような場合は、これらの給付に児童手当にみあう扶養加算を設けるべきであ る。なお、被扶養者のうち配偶者については、配偶者自身のための障害年金や老齢年金を被用者に対する年金制度のなかに 設ける必要がある。また、現在家族療養費として給付が行なわれている被扶養者の疾病や負傷については、むしろこれらの ひとびとを国民健康保険に加入させるのがよいという考え方もあるが、やはり被用者保険の原則をつらぬくことが順序であ る。 四 費用の負担  一般所得階層に対する施策は、社会保険を中心として進めてゆかなければならないことはさきに述べたとおりである。し たがつて他の階層に対する施策のように公費を財源とするよりも保険料を主な財源としなければならない。国庫負担の導入 されるべき場合もあるが、それには後述のように合理的な理由を必要とする。この場合、保険料負担の軽重は、各制度ごと にその給付との関係において考えられるだけでなく、社会保険全般として総合的に判断すべきである。たとえば、特定の事 故に対する給付を厚くするために別の事故に対する給付をおさえたり、後者の保険料を引き下げて前者の保険料を引き上げ ることも考えなければならない。  社会保険の国庫負担は、社会保障制度全般および社会保険制度全般にわたつて、緊要度に応じてきめられなければならな い。具体的には、保険料だけでは社会的に要求される最低限度の生活を保障することができない場合、被保険者の範囲が負 担能力の低い者にまでおよぶ場合、その事故の性質上被保険者や事業主だけに費用を負担させることは無理である場合等に 国庫負担を行なうことになる。そして社会保険で保障される事故のなかには個人的責任の強いものと弱いものがあり、それ によつて国庫負担の順序がきめられる。なお、同じ事故について全国民が多くの保険者に分割されて所属している場合に は、所得再分配の観点からこれらの保険者間の財政調整を行なうことが必要である。  失業保険の国庫負担が四分の一であることは、他の制度に対する国庫負担率との比較からみて必ずしも失当ではない。た だ、日雇労働者などの低所得階層に対する特殊なプラスアルフアを枠外として、国庫に負担させるべきである。保険料の定 率制も現段階では妥当であろう。労使折半のたてまえもまず無難であるが、労働者の個人的責任の度は低いのであるから、 外国の例にもあるように、使用者側の割合を重くすることは研究課題としてとりあげる価値がある。  年金に対する国庫負担は医療保険の場合よりもより必要であるが、年金制度内の個個の制度の間において被保険者の間に 不均衡が生じないよう配慮しなければならない。この不均衡は、現状においては共済組合と厚生年金または国民年金との間 に著しいものがあるので調整すべきである。国民年金の国庫負担は、被保険者に低所得者が多いこと、保険料に事業主負担 がないこと、および保険料が定額制のため所得再分が保険料ではできないことから必要なものであり、被保険者一人あたり の国庫負担額は、被用者に対する年金制度のそれにくらべて下廻ることがあつてはならない。保険料は負担能力に応じてと るという原則からいえば、国民年金においても、技術的に可能であり効果があるならば、保険料を所得に比例して負担させ ることを考慮すべきであろう。なお、年金制度において年金額をそのときどきの国民所得にあわせてゆく、換言すれば年金 額のベースアツプを行なうためには、整理資源が必要であるが、その財源は国に負担させるか、被保険者、事業主に負担さ せるかは、各制度に共通する原則によつて行なわなければならない。戦後におけるはげしいインフレーシヨンが厚生年金の 給付をほとんど無意味にし、その担つている生活保障の役割をはたせないようにしてしまつたにがい経験もあり、国の責任 で年金の実質的な価値の維持をはかるという原則はこの際どうしても確立する必要がある。この意味からいつて年金額を国 民生活水準ののびに応じて引き上げてゆく場合にも、インフレーシヨンに対して実質的な価値を維持する場合にも、少なく とも年金の最低保障額は現に支給を受けているものの年金額の改訂分をも含めて、国の負担とすべきである。この部分こそ 国が積極的にその責任を負うべきものであり、国をおいてはその費用を負担すべきものはない。これがなければ社会保障が 確立されたことにはならないものである。  医療保険は、医療の性質から他の社会保険とくらべると給付を受ける機会が本人の判断にまかされることが多く、また、 種種の社会的条件からその機会は各被保険者の間で必ずしも公平でないので、イギリスのようなたてまえをとつていないわ が国の場合には、国庫負担の一般的な優先には限度がある。しかし、国民健康保険は、被保険者に低所得者が多いこと、保 険料に事業主負担がないこと、給付率が被用者保険にくらべてはるかに低いことなどのため、日雇労働者健康保険は、被保 険者に低所得者が多いことのため、どうしても相当額国庫が負担する必要がある。この国庫負担のやり方については、被保 険者が負担する保険料について一人あたりいくらという負担の仕方もあり、見方によつてはこのほうが所得再分配効果を十 分にはたすとも考えられる。ただ、医療保険の場合は、疾病についての個人差、地域差が相当にあるので、給付費について 調整交付金の方法による国庫負担も確かに一つの方法である。いずれにしても、所得再分配に重点をおくときには、被保険 者の負担能力の低いものや特殊な疾病、たとえば結核、精神病のようにその医療が長期におよびしかも高額の費用を必要と する疾病にかかつたものなどに対しては、国庫負担を大きくする必要がある。保険料の定め方については、現在、被用者保 険と国民健康保険との間には大きなアンバランスがあるが、これは極力是正すべきである。さきに述べたとおり、医療保険 の場合は、多くの保険者が並列しており、その保険者に属する被保険者の所得の水準にも差があるので、プール制による財 政の調整が必要である。その対象となるのは、被保険者の所得が高いことによる財政的な余裕であり、その保険者の健康管 理がゆき届いているためにり病率が低いこと等による財政的な余裕は調整の対象とすべきでない。この点からすれば、現在 一部の健康保険組合において事業主が負担する部分が極度に高いことは問題であつて、労使折半負担の原則をつらぬくべき であり、事業主の超過負担分は附加的な給付の財源として役立てればよいと考えられる。国民健康保険についても、同じよ うな考え方により、市町村における住民の所得が高いことによる財政的な余裕は都道府県ごとの単位でプールすることによ り財政の調整を行なうことができ、調整交付金はこのプールを通じて配分するように工夫するのがよい。また調整交付金は 残すべきであるが現在のやり方については根本的に再検討する必要がある。プール制による財政調整の方法としては、たと えば保険料算定の基礎となる賃金または所得に対して一定率の賦課金を課するという方式で給付額の十パーセントぐらいの 額を財整調整のための資金として保有するといつたやり方もある。このような方法で保有された資金は、それぞれの保険者 ごとに被保険者数に応じて人頭割に、またはこれに受診率や特殊疾病に対する医療費の額等を考慮して配付する。  また、制度間の財政調整は医療保険のほかに年金制度においても考えなければならない。その方法としては、年金の定額 部分に相当する保険料はどの保険者に属する被保険者についても同じ率とし、たとえば脱退率が高いために給付の財源にゆ とりのあるものとそうでないものは、これに対する国庫負担の額を増減することによつて調整するというやり方がある。  今回あらたに提案した児童手当の所要財源は、被用者を対象とする制度では事業主の負担が中心となる。国庫負担の割合 および労働者に負担させることの可否、負担させる場合の経度については慎重な検討を要する。被用者以外の国民でその所 得が一定以下のものに支給する児童手当の財源は国庫負担による。     第五章 すべての所得階層に共通する施策  疾病にかかつた際の保障から一歩進んで、疾病の発生をあらかじめ防止するとともに生活環境を清潔にする役目を担うの が公衆衛生で、それは憲法第二十五条にいう「健康で文化的な」生活の基礎条件として社会保障において特異な地位をしめ るものである。公衆衛生は、たとえば伝染病対策とか清掃対策のように個個人が各別に行なうのでは到底その目的を達しえ ない、いいかえれば一定の地域において一せいにあるいは共同的に行なうのでなければその効果をのぞみえない、これが公 衆衛生の特徴で、また社会福祉や社会保険と異なり、すべての所得階層に対し共通して一様に適用されるということもその 特徴である。それでここでは現物給付がたてまえである。  公衆衛生は、人的な面からする施策と物的な面からする施策とに大別できるが、いずれにしても、一定地域の住民に強制 的な形をとらねばならぬことが多い。その場合には効果が学問的に実証されたものでなくてはならず、また住民の苦痛や負 担と効果との間には権衡がなければならない。また公衆衛生の範囲や内容は、医学や技術の進歩、生活水準の向上、社会生 活の変せん、国民感情の推移等によつて変化してゆかねばならぬが、方向としてはさらに拡大しますます充実してゆくべき ものである。これらの施策を進めるには、政府はまず調査研究に力を注がなければならない。そのためにはそれに必要な設 備を撃えなければならない。公衆衛生の体系は社会保障の本質に結びついて組織化されなければならない。従来の結核対策 は、公衆衛生の見地からいつても一応効果をあげているが、各種保険制度の発展とみあいなお根本的に再検討する必要があ る。昨年度から始められた重度の結核や精神病に対する強制入所措置についての高率の国庫負担もさらに拡大する必要があ る。  物的な面の公衆衛生は諸外国にくらべて著しくたちおくれている。し尿処理については、わずかに約三十パーセントが衛 生的な処分をされておるにすぎず、しかも市街地人口の増大にともない処理されねばならぬし尿の総量は年年急増の傾向に ある。じん芥処理についても総俳出量が逐年増加するにかかわらず、その処理能力は著しく不足している。また水道の総人 口に対する普及率は約五十パーセントに過ぎず、下水道にいたつては寒心にたえない状況である。その他河水や空気の汚 濁、騒音等に対する公害対策、か、はえ、ごきぶり、ねずみなどの駆除等生活環境の衛生対策はいずれも著しく不十分な状 態にある。このたちおくれはすみやかにとりもどされなければならない。なお、不良環境地区いわゆるスラムについてはと くに公費を投入してその改善をはかるべきである。  公衆衛生の費用は、その性質から、国または地方公共団体の予算でまかなうのが原則である。公衆衛生はすべての階層に 共通した施策であつて特定の階層に対するものでない点から考えて、場合により受益者負担の導入を考えることは別にさし つかえなく、とくに一部の者にだけ利益を与えることとなるような場合にはむしろ徴収するほうが当然であろう。しかしな がら、受益者負担を導入する場合には、単に予算の有無により便宜的に左右されるようなことがあつてはならず、応益応能 等の関係に十分配意し、あらかじめ合理的な基準を確立して公正な負担をはかるようにつとめなければならない。  公衆衛生には費用がかかるが、個個の家計が負担するよりは、社会的には大きな節約となる。これこそ生活改善の社会的 方法であり、現代における緊急の要請である。政府は年次計画をたて積極的にこの要請にこたえなければならない。    第六章 社会保障の組織化  以上において、社会保障制度の総合調整について、また社会保障を各階層ごとにまたは各階層を通じて推進すべきあたら しい方策について述べてきたが、これを実現するためには、これにあたるすべての機関を統一し、その能率を高め、その要 員を訓練することが必要である。それらの点について注意すべき事項を以下に列挙する。 一 これからの社会保障には技術面の配意がとくに肝要である。所期の目的を達するためには、どんな方法が最も効果的  か、理論と実際とをどう調和するか、これらの点について不断に工夫をおこたるべきではない。今回の諮問に対しても、  本審議会は必要な資料や研究をできるだけ多くしゆう集し審議に役立てようとしたけれども、入手できたものはあまりに  も少なかつた。こういう点を考えて、完全な社会保障制度を計画的、組織的に確立するためには、まずもつて有力な調査  研究機関の設置を提唱する。この機関をして、社会保障のどのような方法がどのような階層に対して有効であり、どのよ  うな対象についてどのような組織で対処すべきかについて、専門的、実証的に検討させることが必要である。 一 すべての制度間において公平で均衡のとれた企画、運営、監督を実現するためには、これらの制度の所管官庁を一つの  行政機構として統合しなければならない。この点についてはすでに昭和二十五年の勧告においても述べられているところ  であるが、今日においてこれを実現する必要は一層緊切である。行政機関の統一によつて、財源を合理的に配分し、給付  および負担を公平にし、また積立金の運用を合理化することがいまよりはるかに実現しやすくなるであろう。   福祉事務所、保健所、社会保険出張所その他各種相談所のような窓口機関や第一線の施設の機能は、徹底的に拡充強化  するとともに、地域的配置を適正にして国民の利便をはからなければならない。とくに生活保護や社会福祉に従事する職  員の不足ならびに質は大きな問題である。特殊な専門的知識を必要とし、相当期間の訓練を経なければならないこの方面  の職員の養成については、もつと計画的、積極的な努力が傾けられるべきであり、その待遇についても思い切つた措置が  講じられなければならない。   各種社会保険に関しては、保険料算定の基礎となる賃金のとらえ方について問題がある。これについては、標準報酬制  をとるものや賃金実額制をとるものがあり、各制度ごとにばらばらで保険料算定の事務を繁雑ならしめている。したがつ  て、保険料算定の基礎となる賃金のとらえ方を統一する必要がある。たとえば、前年の給与所得をその年の保険料算定の  基礎とするとか、各制度を通じて一本の標準報酬制を設けるとかも一つの方法である。これらにより一括して各種保険料  を徴収することも可能となるであろう。   社会保障の第一線窓口は、たがいに連けいを密にする必要があり、また国民に対して最も便利な窓口でなければならな  いから、合同庁舎として一箇所に集中して社会保障の効率的運用に資すべきである。 一 医療保険には他の保険と異なる点があり、医療機関およびその要員の整備についてはあらためて特別の努力を必要とす  る。現行の病院、診療所の区別にとらわれることなく、医療機関をその機能によつて再編成し、技術差を中心にそれぞれ  の機能を十分に発揮させるようにすることが肝要である。また、無医地区その他医療機関が特別に不足するような条件に  ついては特別の考慮を要する。このためにはそれぞれの医療機関の特色に応じそれぞれ周到な整備をはからねばならな  い。現行開業医制度のもつ長所およびそのはたしうる限界はあらためて検討するとともに、これに対応して国および公立  の医療機関の役割についても今後の医療の進歩に即応するようさらに配慮を加えるべきである。また、医師、看護婦等医  療従事者の充足をはかることも必要である。診療医学より予防医学に進みつつあるといわれる現在、医療従事者の教育は  それに応ずるように再検討の必要がある。また看護婦の養成制度については公費負担を増大すべきであり、医療からの吸  入をもつてその養成費をまかなつているような現状は改める必要がある。   薬については、薬価基準をきめる原則について検討すべきであり、薬剤を治療剤と保健剤に分けて、その製造、その販  売、その広告について取り扱いを区別するようにすることがのぞましい。 一 すでに昭和三十五年十月に「公的年金の積立金の運用について」要望した際に述べたように、社会保障制度の総合調整  の見地からすれば、厚生年金保険や国民年金等の公的年金の積立金のみならず、失業保険その他の短期保険の積立金は、  その一切をあげてこれを総合的な基金制度のもとに管理運用することが本来のゆき方である。これらの積立金はこれを必  ず資金運用部資金に繰り入れなければならないとはいいがたく、資金運用部資金に繰り入れるとしても、特別勘定として  他の資金と区別して管理し、社会保障の目的を達成するうえにおいて効果的であるよう運用することを法律によつて保証  することが肝要である。  福祉国家は社会保障だけでは達成されない。一般的な他の諸政策においても社会保障の見地は重要である。とくに雇用、 賃金、食糧その他の物価、税制、教育、住宅などの社会生活環境等の諸問題については、社会保障の観点をそれらを通じて つらぬくことをこの際強く要請する。それが固有の社会保障の負担を軽くし、またその効果を大きくするゆえんである。一 例をあげれば、わが国においては、まだ最低生活水準と関連づけられて考えられるような本格的な最低賃金制度が樹立され ていないけれども、その確立は福祉国家として絶対的要請であることはすでに述べたとおりである。教育その他の面でもこ ういうことは非常に多く、それが十分に徹底していない。一方、社会保障の諸制度も他の政策の要請にもとずいてそれをか えりみつつ推進されることが必要である。たとえば、所得倍増計画、産業構造の変動、労働力の移動によつて社会保障の重 点が変動するのを覚悟していなければならぬ。この場合においても、社会保障本来の目的をゆがめるべきではなく、それよ りそれらの変動に機動的に即応し、それを利用して本来の目的を追求するに一層適切であるようにつとめなければならぬ。  最後に、くりかえしていうことを許していただきたい。社会保障は制度ができればそれでその目的が実現するというもの ではない。この制度の健全な発達のためには、一方ではそれと関連ある国家の他の諸政策がこれと有機的に結合するととも に、また他方では国民のこの制度に対する理解が十分であり、国民のうちに社会連帯の思想の生気があふれることが必要で ある。本審議会は国民と政府とのそのためにするあらたなる努力を期待してやまない。 (諮 問)       社会保障制度の総合調整に関する基本方策                                  昭和三十四年九月二十六日総審第一五〇号                                  内閣総理大臣発 社会保障制度審議会会長宛  社会保障制度審議会設置法第二条第二項の規定に基き、左記事項につき、貴会の意見を求めます。        記  社会保障制度の総合調整に関する基本方策

《「昭和三十七年度社会保障制度審議会報告書」(総理府社会保障制度審議会)から全文を引用:原文縦書き》

 1999.2.20 登載
 【社会保障制度審議会勧告集(昭和24年度〜昭和37年度)】 【参考資料集】
 KA37 
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