精神衛生審議会
中 間 答 申 書 (39.7.25.)
昭和39年7月25日
厚生大臣 神 田 博 殿
精神衛生審議会会長 内村 祐之
答 申 書
昭和39年5月9日発衛第 119号をもって諮問のあった精神衛生法改正問題について本審議会は目下鋭意その検
討を急いでいるが、昭和25年に同法が制定されてから、現在に至るまでの間の社会情勢の著しい変化、精神医学
の画期的進歩等の事情、特に最近における精神障害者対策の重要性の経緯にかんがみ、同法の改正は根本的に行
なうべきものと思料する。従って本審議会は、数度にわたる慎重な討議の結果、精神衛生対策を推進するため緊
急に財政措置を必要とする施策につき、特にこれを先議することとし、この問題につき本日下記の結論に達した
ので、中間答申する。
なお、この中間答申以外の問題についても引き続き検討をすすめ、すみやかに答申を行なう所存である。
記
1. 在宅精神障害者の把握とその指導体制の強化
現在、在宅精神障害者の指導については、ほとんどみるべき措置がとられておらず、そのため早期発見、
早期治療を果し得ず、また、退院した者の社会復帰が阻害されている。これが対策としては、在宅精神障害
者の実態を正確に把握し、適切な医療保護を加えうるような体制を整備する必要がある。
(1) 訪問指導
ア 実施機関
精神障害者に対する訪問指導を保健所の業務とし、そのために必要な専門職員を必置するものと
する。
イ 訪問指導対象
在宅患者であって訪問指導を必要とする者を対象とすることとし、必要度の高い者から重点的に
行なうものとする。
ウ 管理及び運営
(ア) 各保健所は訪問指導対象者についての患者カードを備え、その指導に万全を期するとともに
管内対象者の転出、転入は行政的に確実に相互に連絡できるようにし、他の福祉関係機関と密
接な関係を保つものとする。
(イ) 地方精神衛生センター(精神衛生相談所)の技術的指導、技術的援助の下に、主治医又は管
内の精神病院等専門医療機関の訪問指導活動と有機的な結びつきにおいて行なうものとする。
(ウ) 訪問指導の期間及び回数については、対象者の症状により必要度に応じて行なうべきで
ある。
なお、訪問指導等に当っては、その方法及び秘密保持について特に慎重な配慮がなされるべ
きである。
(2) 精神衛生技術指導体制の確立
ア 中央精神衛生センター(国立精神衛生研究所)
現在の機構を大幅に拡充整備して精神衛生に関する高度、かつ、基礎的な調査、研究を行なうと
ともに精神衛生技術指導体制の中核として地方精神衛生センターに対する高度の技術指導、精神衛
生に関する指導的専門職員に対する研修訓練等を行なう機関としての性格を明確にすべきである。
また、これらの機能を十分に発揮するため直属の臨床施設をもつことが必要である。
イ 地方精神衛生センター(精神衛生相談所)
都道府県精神衛生相談所については、現状を脱皮して次の機能をもつ地方精神衛生センターとし
て再出発させる必要がある。
(ア) 保健所の行なう精神衛生業務に対する技術指導、技術援助
(イ) 保健所が行なうことの困難なケースの訪問指導及び相談指導
(ウ) 精神衝生関係者(学校衛生、産業衛生、青少年育成、社会福祉関係者等)に対する技術援助
及び研修、講習
(エ) 都道府県内の精神衛生に関する調査、研究
(オ) 精神衛生に関する広報宣伝活動
なお、在宅患者を通わせて作業療法、レクリエーション療法、集団療法等を行なう施設を設
けることが望ましい。
ウ 保健所
訪問指導業務とともに精神衛生に関する相談業務を保健所の業務とし、従来不明確であった精神
衛生に関する衛生教育、地域活動の育成等を積極的に図るべきである。
(3) 訪問指導、相談業務等に従事する職員
ア 保健所におくべき職種
(ア) 精神科医師をおくこととし、専任者が得られない場合は、精神病院等に協力を求め、精神科
医を委嘱する等の措置を請ずる。
(イ) 精神衛生相談員(精神衛生に関する訪問指導、相談業務等に専門的に従事する職員であっ
て精神科ソーシャルワーカーのほか医師、保健婦、看護婦、心理専攻者、社会福祉専攻者等の
うちから所定の講習等を経て都道府県知事が任命したもの。)を管内の実情に応じて適当数配置
する。
イ 地方精神衛生センター(精神衛生相談所)におくべき職種
(ア) 精神科医師
(イ) 精神衛生相談員
(ウ) 保健婦、看護婦(人)
(エ) 必要に応じ作業療法等を行なうのに必要な指導員等
2. 医療保障の拡大
現行の精神衛生法においては、第29条の措置入院患者以外には精神衛生法に基づく医療費の保障を行なつ
ていない。しかしながら、精神障害という疾病に関しては、(1)他の疾病と異なり、人間としての人格の障害
であって社会的存在としての人間性が損なわれており、自己の病状について認識を欠き一般に社会的適応
性が著るしく低いこと。(2)疾病の特質上対社会的に家族の蒙る精神的、経済的な損害が著るしいこと、等の
理由により、これらの不幸な患者がすみやかに適切な医療を受けてその人間性を回復することに対し社会は
保護者とともに責任を負うべきであり、また(3)精神障害は、一般に病状の変化が比較的著るしく、適正な医
療が行なわれないと措置入院を要する程度に増悪する可能性が多いこと等をも勘案すれば、措置入院患者以
外の入院患者及び外来患者に対しても当然医療費保障を行なう必要がある。その場合、少なくとも入院また
は外来治療に要する費用の相当部分を公費で負担することが必要とされるが、措置患者なみの10割公費負担
が無理であるとしても所要医療費全額の2分の1を下まわることのないよう配慮されるべきである。また、
結核予防法第34条方式のごとく一定範囲の医療費のみを公費負担の対象とすることは、精神科医療の特質上
これを採るべきではない。
なお、措置症状のある者に対する現行の医療保護については、従来からの方針を一層強化し、要措置患者
をもれなく入院措置するために必要な予算を十分確保することが必要である。
3. 精神障害者の社会復帰の促進
精神障害者は、その症状が軽快した場合適切な療法、訓練等を行なえば、その社会復帰が促進され、そ
の結果再発率が低くなり、医療費の効果的な使用が招来されるので早急に社会復帰のための施設が講ぜらる
べきである。
(1) 精神障害者の社会復帰を目的とする医療機関の設置
精神病院退院者がスムーズに社会復帰できるように、これらの者を収容して十分な医学的管理の下
に、院内の設備又は院外の施設を利用することにより、社会復帰のための訓練、療法等を施す施設を設
ける必要がある。
ア 性 格
この医療機関については、その機能及び性格にかんがみ、現行医療法による医療機関についての
施設、人員等の諸基準をそのまま適用すべきかどうか十分再検討する必要があるが、その際には、
(ア)日常の生活指導等のため必要なデイスペース部分について相当の広さを要求すること、(イ)院内に
農場、各種作業場等患者の社会復帰に適合する種類の施設を設置する必要があること、(ウ)精神療
法、作業療法等に必要な心理専攻者、精神科ソーシャルワーカー、作業療法士、作業指導員等は一
定の入院患者ごとにその定数を定めること等を配慮すべきである。
イ 運 営
(ア) 入院患者の症状に応じ、一旦院内の作業場において職能訓練を行ない、次第に社会復帰能力
が涵養されてくるに従がい院外の適当な作業場(社会復帰を担当する医療機関の十分な医学的
管理の下に入院患者の訓練を行なう施設等とする。)に通わせて社会復帰訓練を施すものとし、
(イ) 無制限に在院することにより社会復帰訓練が効率的に行なわれないことを防ぐ目的から、入
院には一定の期限を付することとし、この期間に病状が悪化するようなことがあれば、本来の
精神病院に再入院させるものとする。
(2) 職親制度
精神障害者が社会に復帰するためには、現実の社会生活の場で適切な生活訓練技術修得訓練等を受け
る必要がある。このような観点から、現在いくつかの精神病院において患者を職親に委託し、好結果を
みているのであるが、病院の自発的努力のみでは限界があり、これを広く全国的な範囲に拡大するため
に、積極的に助長し、制度化する必要がある。
ア 職親対象者
希望者のうちから都道府県知事が適当と認めた者
イ 職親委託の対象者
都道府県知事が職親に委託することが適当と認めた精神障害者(精神薄弱者福祉法に基づく職
親、又は児童福祉法に基づく里親、職親に委託されるべきものを除く。)
ウ 関係機関
(ア) 福祉行政機関と密接な関連の下に、手続上の窓口は保健所が当るものとする。
(イ) 職親委託の際の技術的判定については地方精神衛生センターが当り、委託後の指導について
は地方精神衛生センターの技術指導の下に保健所が行なうこととし、この場合には、主治医等
と密接な連絡を保つものとする。
エ 委託期間
原則として1年以内(更新を妨げない。)とし、その間に一般雇用関係に切換えるか、新たに就職
できるようにする。
オ 委託手当
都道府県知事は、職親に対し職親手当を、本人に対し訓練手当を支給するものとする。
4. 精神病床の整備等
(1) 一般精神病床の拡充については、さきの本審議会の意見具申でのべたようにさし当り人口1万対20床
を目標として可及的すみやかにその整備を図るべきである。
(2) 老齢者、小児等を主とする特殊病院(棟)
老齢者を主とした重症の中枢神経障害者又は重症心身障害児童、集団生活に耐え得ない性格異常を伴
なつた精薄児童のうち特に医療を必要とするもの等の医療保護を十分に行なうための特殊な精神病院又
は病棟の設置については、今後ますますその重要性が増加するものと考えられるので、公立等の施設を
中心にその整備を図つていくべきである。なお、これらの施設は、特別の介護を必要とする者を対象と
しているので施設、人員等の基準については特に考慮する必要がある。
(3) 精神病質者等の特殊病院(棟)
精神病質者または精神障害者であって犯罪行為を犯した措置入院患者を主として収容する特殊な精神
病院又は病棟の設置については、保安処分の問題と関連することでもあり、その施設、人員についての
基準等なお綿密な検討を加える必要がある。
5. 精神衛生専門職員の充足
精神衛生対策を効果的に推進するためには、これに従事する専門職員の質量にわたる確保が第1の要件で
ある。
(1) 精神科医師
精神科医師の確保については、大学医学部、医科大学における精神医学講座の増設設備の充実等によ
り養成能力の拡充をはかり、精神科医療が魅力あるものとして、精神医学の専攻を志望する者が増加す
るような措置が講ぜられねばならないが、応急的には現在他科にあって精神科を専攻することを希望す
る医師に対して研修等の機会を与えることができるようにすることも一方法である。
(2) 看覆婦(人)
特に精神科における看護人の確保のため看護婦又は準看護婦養成施設の増設をはかるとともに、その
待遇の改善等の対策を講ずる必要がある。なお、特に男子たる看護人の養成についてはその特殊性にか
んがみ、広く修学の機会を与えるよう配慮するとともに現在精神病院において無資格で働いている看護
助手については、正規の受験資格が得られるよう修学資金等修学を容易にする各種の考慮がなされるべ
きである。
(3) その他の職員
最近における精神医学の進歩に応じて、心理専攻者、精神科ソーシャルワーカー、作業療法士等専門
職種の医療チームへの参加が必要であるが、身分資格の確立を図るとともに、その他の職員も含めて養
成訓練について対策を講ずる必要がある。
精神衛生審議会
答 申 書 (40.1.14.)
昭和40年1月14日
厚生大臣 神 田 博 殿
精神衛生審議会会長 内村 祐之
答 申 書
昭和39年5月9日発衛第 119号をもって諮問のあった精神衛生法改正問題につき当審議会は、さきに昭和39年
7月25日付をもって予算関係事項を主とする中間答申を行なったが、今般中間答申においてふれた部分以外の部
分につき、慎重審議の結果、次のような結論を得たので、別紙のように答申する。
なお、前記の中間答申を行なった事項のうち、特に重点事項である精神障害者に対する医療保障の拡充、精神
障害者に対する社会復帰施策の堆進等については、明年度予算においても十分な対策が講じられていないので、
今後すみやかにこれが実現されるよう特段の配慮を行なうべきである。
目 次
1 「精神障害」の定義について
2 地方精神衛生審議会の設置について
3 精神衛生鑑定医制度について
4 同意入院制度及び保護義務者制度について
5 精神障害者に関する申請通報制度について
6 措置中の精神障害者に関し都道府県知事が行なう措置解除について
7 同意入院患者が退院しようとする際の病院長の通報義務について
8 緊急入院制度について
9 精神病院からの無断退去者に対する措置について
10 精神病院に入院または促入院している者に関する信書の制限について
11 指定病院に対する指導規定について
12 保護拘束制度について
13 精神障害者の施設外収容禁止規定について
14 精神病院の構造設備について
15 精神科診療所の取扱について
16 その他の要望事項
1 「精神障害」の定義について
現行法第3条は、「精神障害者」の定義として、精神病者(中毒性精神病者を含む。)精神薄弱者及び精神病質
者をいうことと規定している。そもそも精神医学の概念に従えば精神障害者乃至精神障害は、この三つの種類の
ものに限定されるのではなく、精神医学教科書に記載されている多種多様な障害の総称である。
ここで、この三種類以外の精神障害について精神衛生法施行上どのような問題を生じているかを検討してみよ
う。最も疑問を生じているのは、神経症である。現行法立法の際の審議経過を顧りみると、神経症につき、その
程度の重いものはこれを精神病として考えようという論があったが、少なくとも精神医学の常識に従えば、精神
病と神経症とは異種のものであり、神経症の程度が重くなると精神病となるということではない。
しかしながら、神経症も、その程度が重くなれば自傷他害のおそれを生ずる場合もあるのであり、法第29条の
適用に関しては、従前からこのような者については、本法に規定する三種類の精神障害者におけると同様に措置
入院手続をとるという運用が行なわれている。たしかに自傷他害のおそれのある精神の障害を有する者につき、
本人の医療保護及び社会公安維持のためこれを強制入院させることは必要なことといえようが、だからといっ
て、法律で「精神障害」と認めていない精神障害につき類推解釈をして人身の拘束を伴う行政処分を行なうこと
は、やはり大きい問題を生ずるものといわなければならない。
従って、「精神障害」の定義を拡げ、「神経症」を加えるべきである。
2 地方精神衛生審議会の設置について
現行の都道府県における精神衛生行政体系については、国におけるそれぞれとは異なり、厚生大臣の諮問機
関たる精神衛生審議会に対応する審議会等の設置を法律で規定していない。しかし、精神衛生行政は、今後一層
その普及啓蒙の徹底を期さなければならない分野の行政であるとともに、その特質上、患者の人権尊重につきと
りわけ慎重に運営されなければならない要素を包蔵しているので、下記のごとき内容の審議会を設置すべきこと
を規定する必要がある。
1. 名 称 地方精神衛生審議会とする。
2. 区 域 都道府県の区域ごとに設ける。
3. 性 格 都道府県の付属機関とし、都道府県知事の監督に属せしめる。
4. 業 務
ア 都道府県知事の諮問に応ずるほか、関係事項につき意見具申すること。
イ 下記に掲げる場合において都道府県知事が行政処分等をしようとする際あらかじめ意見を開か
れ、これに対して意見をのべること。
(1) 措置患者につき措置解除をしようとするとき、当該病院側が反対の意見を表明したとき。
(2) 同意入院患者につき入院継続の要否につき問題を生じたとき。
(3) 指定病院の指定又は指定取消をしようとするとき。
(4) 精神衛生医の指定申請書を厚生大臣あて進達しようとするとき。
(5) 入院中の患者から苦情の申立があったとき。
5. 委員の構成
精神医学に関し学識経験のある医師、人権擁護関係行政機関の職員、裁判官、一般学織経験者、精神
衛生行政機関の職員等のうちから、都道府県知事が適宜任命する。
3 精神衛生鑑定医制度について
現行の精神衛生鑑定医制度を改め、精神障害の診断又は治療に関し、少くとも5年以上の経験のある医師の資
格規定とし、その認定を厳格にし、その名称を「精神衛生医」とする必要がある。この場合、入院中又は仮入院
中の精神障害者に対する行動の制限を行なうこと及び行動の制限を行なう精神病院の管理者(他科を併設する病
院にあっては精神科又は神経科の主任者)となることの二点に関し、精神衛生医に限ってこれを認めることと
する。
なお、都道府県知事が法第27条の規定により精神衛生鑑定を行なう場合は、精神衛生医に診察させることと
する。
4 同意入院制度及び保護義務者制度について
現行の精神衛生法は、すべての精神障害者に関し、その保護監督に当る保護義務者制度を設け、保護義務者と
なるべき者の範囲及び順位並びに同順位にある者にかかる家庭裁判所による保護義務者の選任等につき詳細な規
定を設けている。従ってこの保護義務者制度は、その保護監督の下にある精神障害者が自傷他害の症状にあると
否とを問わず、また精神病院に入院を要すべき状態であると否とを問わず、一般的に当該精神障害者に関し、適
切な医療保護等を保障しようという趣旨のものである。
しかしながら、この制度が実務上、大きい意味を持つのは、法53条に規定する同意入院制度の運用に関し患者
本人の不同意にもかかわらず当該患者の入院につき同意を与え得るという点にあり、理念的な見地からの意義は
別として、実際上は同意入院制度運用の一手段となってしまっているといっても過言ではない実情にある。
また、反面、上に述べた同順位者にかかる家庭裁判所の保護義務者選任手続が当事者の申請をまって初めて開
始されることとなっているため、とかく申請しないままに放置され、申請があった場合でも決定までに相当の日
時を要する事情、あるいは保護義務者は特定しているが、遠方に居住していて早急にその同意が得られない事
情等のため、精神病院関係者が医療保護を早く加えようとするあまり保護義務者の同意を得ないままに違法な入
院をさせる等の弊害を生じていることはまことに遺憾なことといわなければならない。また多くの場合緊急を要
する入院時に、現に同意を表明している家族が果して第一順位の保護義務者であるかどうか判別することが極め
て困難であろうことも十分考慮しなければならないであろう。
これらの見地からすればまず第一に同意入院制度の要件を改め、手続の迅速化と人権尊重の趣旨とが十分合致
するように定められた同意権者の同意を得れば足りることとし、第二に反面自己の意思に反して入院させられる
患者の人権をまもるためその者が同意入院を必要とする程度の症状にあるかどうかにつき必ず精神衛生医の診察
を経なければ入院せしめ得ないこととする必要があろう。さらに第三として、同意入院した患者本人又はその
家族からの申立があればすみやかに都道府県知事は実情を調査し、地方精神衛生審議会の意見を開いた上で当該
同意入院の適否について決定しなければならないこととすべきである。
なお、同意入院という用語は、あたかも本人が入院に同意したかの誤解を生ずるおそれがあるので、用語の表
現を改めるよう配慮すべきである。
5 精神障害者に関する申請通報制度について
(1) 警察官の通報制度の改正
現行法第24条の規定は、警察官か精神障害者又はその疑いのある者を保健所長に通報すべきことを規
定したものであるが、実際上警察官から保健所長に通報されたケースの中には必ずしも同条に定める警
察官職務執行法第3条の規定により保護された事例のみに限らず、広く警察官の職務を執行するに当っ
て逮捕等を行なった者について通報される事例も含まれている。この場合法第24条によることはできな
いので、法23条の一般人の申請の規定を用いる等の不自然な運用を余儀なくされている実情である。従
って、この際同条第1項を改正し、警察官が職務を執行するに当って、異常な挙動その他周囲の事情か
ら判断して精神障害者又は精神障害者であると疑うに足りる相当の理由のある者を発見した場合におい
て、その者を直ちに入院させなければ自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたとき
は、その旨をすみやかにもよりの保健所長に通報しなければならないこととすべきである。
(2) 検察官の通報制度の改正
現行法第25条の規定は、精神障害のある被疑者について不起訴処分をしたとき又は精神障害のある被
告人について裁判が確定したときに限り、検察官がその者を都道府県知事に通報すべきことを規定した
ものであるが、精神障害のある被疑者又は被告人の中には不起訴処分前、又は裁判確定前であってもす
みやかに精神衛生法の体系に移し、措置入院その他の方法により適切な医療保護を加える必要のある者
が存在するし、またこれらの者が不起訴処分前又は裁判確定前に身柄の拘束を解除されたときにその者
の症状の如何によっては公安上の見地から問題を生ずることも有り得るのである。そのため実際上も、
検察官は、不起訴処分前又は裁判確定前であってもこれを第23条の規定により申請しており、法の不自
然な運用を余儀なくされていることは、警察官の通報の場合と同様である。従って法第25条の通報範囲
を拡げ、不起訴処分前又は裁判確定前であっても検察官が都道府県知事に通報する途を開くべきであ
る。ただその際は不起訴処分前又は裁判確定前という特殊な状態におかれている者であることにかんが
み、検察官に通報義務を課すという方法でなく、検察官の裁量を重んじた権能規定とすべきである。
(3) 保護観察所の長の通報制度の新設
公務員の職務に関し、精神障害者又はその疑いのある者に接する機会の多いものは、警察官、検察官
以外に保護観察所の長がある。従って新たに保護観察所の長の通報制度の条項を設け、保護観察所の長
は、保護観察中の者について精神障害又はその疑いのある者であることを知ったときは、すみやかにそ
の旨をもよりの保健所長に通報しなければならないこととすべきである。なお、その際、他の規定によ
り既に申請通報がなされている者についても、重ねて通報できる旨の規定を設けるものとする。
(4) 通報範囲の拡大に伴う裁判手続等との調整
現行精神衛生法は、精神障害者又はその疑いのある者につき、同法第5章の医療及び保護に関する諸
規定と、刑又は保護処分の執行のためにする矯正施設への収容とが競合した場合の調整規定として、特
に1条を設け、橋正施設への収容を妨げないことを明らかにしているが(第50条)、裁判手続又は捜査
手続との調整については明文の規定を欠いている。今回、警察官、検察官等の通報範囲の拡大をはかる
に際し、法第5章の規定の適用を受ける者につき問題を生ずるケースが従前より多くなることが予想さ
れるので、法第50条と同趣旨の規定を新設しこれらの者につき裁判手続又は捜査手続の進行を妨げない
ことを明らかにすべきである。
しかしながら、精神衛生法の趣旨にかんがみ精神障害者に対する医療保護に遺憾のないようにするた
め、改正法施行後直ちに、厚生省、法務省、警察庁、裁判所等関係各省庁がそれぞれ同趣旨の通知を
発し、通報した精神障害者等に対する裁判手続又は捜査手続の運用に当つては、特に慎重な態度をもつ
てのぞむよう管下各機関に周知する等の措置を講ずる必要があると思料する。
なお、裁判手続、捜査手続の過程にある精神障害者については、本来別個の収容施設を設けることが
望ましい。またこれらの者については精神病院へ収容する場合、国立、公立、指定病院の順で収容する
よう法の運用上配慮すべきである。
(5) 医師の通報制度の取扱い
医師の行なう通報については、当審議会として、なお諸外国の例等をもかん案の上十分な審議を尽し
たいので、今後に審議を持ち越すこととなった。
6 措置中の精神障害者に関し都道府県知事が行なう措置解除について
自傷他害のおそれがある故をもって措置入院命令を受けた精神障害者につき医療保護を加えた結果、もはや自
傷他害のおそれがないと認められるに至った際の取扱いについて、現行精神衛生法は、当該精神障害者を収容して
いる精神病院の長から措置権者たる都道府県知事に退院の許可申請を行なわせ、都道府県知事がこれに許可を与
える形で措置解除する旨の規定を設けるに止まっている(第40条第1項)。従って、条理上はともかく、明文上
は、都道府県知事が、職権により、あるいは当該患者の家族等からの通報により、その者の精神障害の状態が自
傷他害のおそれがない程度に軽快したことを知った場合に、職権をもって措置を解除し得るかどうか明確ではな
いし、また当該病院長が都道府県知事に許可申請を行ない得るのは、その者の「症状に照し、入院を継続する必
要がなくなったと認めるとき」とされているため、措置症状がなくなってもその者の症状がなお入院医療を必要
とする程度であれば引き続き措置の効果が継続するかのような誤解を生ずる余地もある。しかしながら措置入院
制度は自傷他害のおそれがあるという理由で止むを得ず人権を大幅に制限することを認めている制度であるか
ら、措置症状がなくなったのちもなお引き続き強制入院状態を継続することは許されない。従って、第40条の規
定を改正して、都道府県知事が職権で、又は関係者の申請により措置入院者につき措置症状がなくなったと認め
るときはすみやかに措置解除することができる旨を明文をもって規定するとともに、措置患者を収容している精
神病院の長は措置入院者につき措置症状がなくなったと認めるときはすみやかに都道府県知事に通知しなければ
ならないこととすべきである。
なお、都道府県知事が措置解除権を行使しようとする際、当該精神障害者を収容している病院側がなお措置を
継続する必要があると主張する場合には、都道府県知事は地方精神衛生審議会の意見を聞いた上で決定する等の
措置をとらなければならない旨の規定を置き、制度の円滑な運営を期すべきである。
また、都道府県知事は、措置中の患者につき、不断にその病状等につき了知していることが必要であるから、
措置患者を収容している病院長から当該患者に関する病状報告書を求め得る規定を置くべきである。
7 同意入院患者が退院しようとする際の病院長の通報義務について
現行法第36条の規定によれば、精神病院の長は、同意入院(第33条)又は仮入院(第34集)の措置をとったと
きは、10日以内にそのむねを都道府県知事に届け出なければならないとされている。しかしながら、この同意入
院又は仮入院の制度は、公権力により精神障害者を精神病院に入院せしめるものではなく、保護義務者等の同意
により、入院に同意しない患者本人の意志にかかわらず、これを入院せしめ得る制度であるから、入院中に任
意に保護義務者等の同意が撤回されれば直ちに当該患者を退院させなければならないこととなる。この場合当該
患者につき自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがある場合には、そのまま慢然と退院を認めると公安上極
めて由々しい結果をまねくおそれなしとしない。現行法がこの点につき何等の規定を置いていないのは適当でな
いので、次のような規定を新たに設けるべきである。
すなわち、精神病院の長は、同意入院又は仮入院中の者につき保護義務者がこれを退院させようとするとき、
当該患者につき自傷他害のおそれがあると認めたときは、当該患者が他の精神病院に入院又は仮入院したこと
を確認した場合を除き、すみやかに、もよりの保健所長に通報しなければならないこととする。
8 緊急入院制度について
自傷他害のおそれがある精神障害者を法第29条の規定により強制措置するためには、その者につきまず申請通
報がなされ、次いで精神衛生鑑定医の診断を経た上で都道府県知事が措置入院を命ずるという手続が必要であ
る。大体自傷他害のおそれがある精神障害者に関しては、緊急に医療保護を加えなければ患者本人のためにも
社会公安のためにも問題を生ずることが極めて多い。このため申請通報を受けた行政庁が即刻所定の手続をとり
得るための万全の受理体制を早急に整備することが何よりも大切なことであり、この点に関する一層の努力を望
むところである。
しかしながら、どのように完全な受理体制が確立されたとしても、上述の諸要件をただちに完了することは不
可能であり、要措置患者に関する申請通報を受けてから、正式に都道府県知事が措置入院を命ずるまでの間、
やはり若干の日時が必要であることはいうまでもない。
現行法では、第34条に仮入院の規定を置き、後見人、配偶者、親権者等の関係者の同意がある場合には、3週
間以内であれば精神病院に仮入院させ得ることとしてはいるが、この制度は精神障害者であるかないかの診断が
つかない場合、その診断を行なうにつき認められているのであって、精神障害者であるという診断が確定した以
上、そもそもこの規定の適用は許されないものと解するほかはない。また、警察官職務執行法の定めるところに
よれば、警察官は、自己又は他人の生命、身体又は財産に危害を及ぼすおそれのある精神錯乱者につき、警察署
のほか病院等においてこれを保護することができることとなっているが、この保護は原則として24時間以内に限
られており、上述の緊急を要する事例にはあまり実効がない上、警察官以外の者からの申請通報された者には無
関係である。
このような法体系となっているため、実際上は、警察官が自傷他害のおそれがある患者をもよりの精神病院に
連行して来たときは事実上これを入院させておき、又は家族がこのような患者を連れて病院を訪れたときは一旦
同意入院の手続をとらせることとするが、その家族が第一順位の保護義務者でないようなときは法律上の根拠な
く入院させておき正式の措置入院命令が出てから措置患者に切りかえるという運用が行なわれている。たとえ自
傷他害のおそれのある精神障害者であっても、いやしくも人身の拘束を要する精神病院への入院に際しては法律
の根拠なしに人権を侵害する結果となることは、すみやかに是正する必要があるものと考えられる。
従って、新たに緊急入院制度を設け、明らかに自傷他害のおそれがあると認められる精神障害者については、
まだ都道府県知事から正式の措置入院命令が出されていない場合であっても、その者につき申請通報がなされて
いることが確認できたときは、その者を仮に精神病院に入院させることができる権限を精神衛生医である精神病
院の長に附与すべきである。その揚合仮に入院させ得る期間については、人権尊重の見地からできるだけ制限す
ることが望ましく、少くとも当該患者につき措置入院手続が完了する期間として最大10日間程度を認め、それ以
上にいたずらに患者を拘束しないように明文の規定を置くべきである。
9 精神病院からの無断退去者に対する措置について
法第39条は、精神病院に入院又は仮入院中のもので自傷他害のおそれがあるものが無断退去し、行方不明とな
ったときは、精神病院の長から所轄の警察署長に所要の事項を通知してその探索を求めることができるむねを規
定しているが、自傷他害のそれのある精神障害者を緊急に保護することは、本人の医療保護の面からも社会公安
上の面からも必要なことである。
従って、この条項を改正し、精神病院に入院又は仮入院中の者で自傷他害のおそれがある者が無断で退去し、
その行方が不明になり、当該病院において探索ができないと認めるときは、当該精神病院長は所轄の警察署に所
要の事項を通知してその探索を求めなければならないこととすべきである。また、その際、その求めに応じて患
者を発見した警察署長に対し、病院側が当該患者を引き取りに来るまで、その者を一時保護できる権限を与える
必要がある。
10 精神病院に入院又は仮入院している者に関する信書の制限について
精神病院に入院又は仮入院している精神障害者は、その疾病のため、自己にあてられた信書の内容によって
は、その医療保護に支障を及ぼすおそれのある場合があり、また当該精神障害者から他人にあてた信書の受取人
に対し脅迫、誹謗にわたる内容を記載し、ひいては当該本人の不利益となる場合もある。このようなときは、精
神障害者の医療保護及び社会公安上の見地からみて、ある程度の信書の発受の制限を行なう必要がある場合もあ
ると考えられる。
信書の自由は憲法で保障されており、これを制限することは極めて重大な問題ではあるが、当該患者の医療保
護の責に当っている精神衛生医である病院長の正当な判断により、現実に信書の発受が患者の医療保護又は社会
公安上の面から著しい支障を来たすことが明らかな場合はこれを黙過し得ないので、この問題につき何等か適宜
の立法措置を講ずべきである。ただし、その場合 当該患者から厚生大臣、都道府県知事、人権擁護関係行政機
関、警察、地方精神衛生審議会、入院している当該病院長、保護義務者等へあてた信書は、患者の権利救済の見
地から、一切その発信を制限しないよう明文の規定を設けることが望ましい。
11 指定病院に対する指導規定について
現行の各法規、たとえば生活保護法、結核予防法等において一定の症状にある患者に対する医療費の全部又は
一部を公費によって保障しようとする場合、所定の手続を経て一般の医療機関を指定し、その医療機関において
患者の治療を行なわせようとするときは、公費の負担を適正ならしめるため、当該医療機関に対し、必要な報告
を求め、又は実地に設備、帳簿書類等につき立入検査をなし得る旨の規定を置いている。精神衛生法における指
定病院も、他法の指定医療機関と性格的には同様であると解されるが、現行法では指定病院に対するこのような
指導規定を欠いている。従って、この際他法と同様の規定を設け、法体系を整備すべきである。ただし改正法施
行後、具体的にこの条項を適用しようとする際には、精神障害者に対する医療の特殊性にかんがみ、慎重に運用
するよう配慮すること、たとえば必要に応じ精神衛生医を立ち会わせる等の措置をとることが必要であると思料
する。
12 保護拘束制度について
現行法は、第43条から第47条までの5条にわたり、保護拘束制度につき規定している。この制度は、自身を傷
つけ又は他人に害を及ぽすおそれがある精神障害者で入院を要するものがある揚合において、直ちにその者を精
神病院に収容することができない、やむを得ない事情があるときに、当該精神障害者の保護義務者から都道府県
知事に許可を求めさせ、2カ月間を限り、その者を精神病院以外の場所で保護拘束することを認める制度であ
る。
大体この制度は、精神衛生法の前身たる精神病者監護法に規定されていたものを本法が継承したものであり、
精神障害者に関する収容施設の絶対数の不足、収容施設へ収容した場合の公費負担制度の未整備等の事情から、
止むを得ない措置として決定されたものであり、精神障害者に関しては事情の許す限りすみやかに精神病院等の
適宜の施設へ収容し、適切な医療保護を加えることが第一であることはいうまでもない。
精神衛生行政も、未だなお施策の展開につき不十分な面が多く、今後の発展が大いに期待されるところではあ
るが、最近における収容施設の急速な増加、要措置患者のための公費負担医療費の増大等により、少なくとも都
道府県知事が精神衛生鑑定医の診断により自傷他害のおそれありと認定した患者につき、施設の不足、予算の不
足等によりこれに措置入院を命じ得ないことはなく、現に各都道府県において保護拘束の許可を与えている例は
1件もない実情である。
従って、今回の改正に際し、この保護拘束制度を廃止することとし、要措置患者については直ちに措置入院を
命ずる現行体制を強力に推進すべきである。
13 精神障害者の施設外収容禁止規定について
現在一般病院でも行動の制限を必要としない軽症の精神障害者に関してその治療を行なっており、また、この
ことは精神科医療の立場から見て望ましいことである。しかるに現行第48条の規定によれば、精神障害者を収容
できる施設としては「精神病院又は他の法律により精神障害者を収容することのできる施設」に限られており、
矛盾がある。従って第48条を改正し、同条中「精神病院」を「病院」と改める必要がある。
14 精神病院の構造設備について
医療法施行規則の精神病院の構造設備等に関する規定には、精神障害者のすべてが危険性をもつか、あるいは
著しく危険のおそれがあるという前提に立って立法されているかのごとくに受取られる面がある。たとえば精神
病室について外部との間に危害防止のしゃ断その他の必要な方法を講ずべきこと(第16条第6号)、設備につき
保護のため必要な方法を講ずべきこと(第16条第7号)、精神病患者を収容するのは精神病室に限ること(第10条
第3号)等々の規定がそれである。
たしかに精神障害者のうちには自傷他害のおそれのあるものも含まれてはいるが、自傷他害のおそれがなく一
般の疾病と異なることのない施設設備の下で医療保護を加える必要のあるものも多数あるのであって、精神障害
者を収容するからといってことさら閉鎖的な施設設備を要求することは、最近の精神医学の発達の方向に逆行す
るものである。従ってすみやかに、これらの規定を改めて収容すべき患者の態様ごとに合理的な取扱いを行なう
べきである。
15 精神科診療所の取扱いについて
この問題については、当審議会はなお今後審議を継続することとした。
16 その他の要望事項
1. デイホスピタル、ナイトホスピタル等新しい形態における精神障害者の社会復帰療法がスムーズに既
存の医療保護体制中に採用されるよう法を運用すべきである。
2. 国も自ら精神病院を整備するとともに、公立精神病院と民間立精神病院とがいたずらに対立し、精神
障害者の医療保護にマイナスとならないよう両者の機能、性格がある程度分化するよう法を運用すべき
である。
また、未だに県立精神病院を設置していない県には、極力その設置方を促進すべきである。
当審議会の答申は、以上のとおりであるが、当審議会としては、今回の答申を行なった後も、なお審議を了し
ていない事項について引きつづき審議を行ない、後日意見をのべる予定である。
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