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 昭和二十一年三月三十日 連合国軍最高司令官に提出されたる 米国教育使節団報告書
  第二章 国語の改革 (文部省訳)


 昭和二十一年三月三十日
  聯合國軍最高司令官に提出されたる

  米 國 教 育 使 節 團 報 告 書




      目  次
  前 が き
  序   論
  第一章 日本の教育の目的及び内容
  第二章 國語の改革
  第三章 初等及び中等學校の教育行政
  第四章 教授法と教師養成教育
  第五章 成人教育
  第六章 高等教育
  本報告の要旨


    第二章 國語の改革。
 日本の子供達に對して我々が責任を感じさへしなければ、これに觸れずにゐた方が愼み深くもあり氣樂でもあつていゝと思ふ問題に、ここに當面するのである。言語は國民生活に極めて密接な關係をもつた一つの有機體であるから、外部からそれに近よることは危險なのである。しかしこの密接な關係がまた專ら内部から行はうとする改良をさまたげてゐるのでもある。
 何事にも中間の行き方があるが、この場合それは立派な中ヨウの道になるであらう。國語の改良はどんな方面から刺戟を受けて着手してもいゝが、その完成は國内でするより外にないことを、我々は知つてゐる。我々が與へる義務があると感ずるのは、この好意の刺戟であつて、それと共に、未來のあらゆる世代の人々が感謝するにちがひないと思はれるこの改良に、直ちに着手するやう現代の人々に大いに勸める次第である。
 深い義務の觀念から、そしてただそれだけの理由で、我々は日本の國字の徹底的改良を勸めるのである。
 國語改良問題は明かに根本的な、急を要するものである。それは小學校から大學に至るまで、教育計畫のほとんどあらゆる部門に、その影を投げかける。この問題を滿足に解決できなければ、意見の一致を見た多くの教育目的の達成は、極めて困難になるであらう。例へば、他の諸國民の理解の促進や、自國における民主主義の助成がさまたげられるであらう。
 教育課程及び一切の知的成育に言語が決定的な役割を演ずることは、一般世人の認めるところである。それは在學中及び卒業後もずつと學問の重要な素因をなすものである。日本人は、他國人と均しく、言語の音聲的並に書記的記號を思考の手段とする。教育の全過程の質と能率が、これらの記號の性質の如何によつて深甚な影響を受ける。
 日本の國字は學習の恐るべき障害になつてゐる。廣く日本語を書くに用ひる漢字の暗記が、生徒に過重の負擔をかけてゐることは、ほとんどすべての有識者の意見の一致するところである。小學校時代を通じて、生徒はただ國字の讀方と書き方を學ぶだけの仕事に、大部分の勉強時間を割かなくてはならない。この初期數年の間、廣範圍の有用な語學的及び數學的熟練と、自然界及び人類社會に關する主要なる知識の修得に充てられるべき時間が、この國字習熟の苦しい戰ひのために空費されてゐるのである。
 漢字の讀み書きに過大の時間をかけて達成された成績には失望する。
 小學校を卒業しても、生徒は民主的公民としての資格は不可缺の語學能力を持つてゐないかも知れない。彼等は日刊新聞や雜誌のやうなありふれたものさえなかなか讀めないのである。概して、彼等は現代の問題や思想を取扱つた書物の意味をつかむことができない。殊に、彼等は卒業後讀書を以て知能啓發の樂な手段となし得る程度の修得さへ、でき兼ねるのを常とする。であるからと言つて、日本の學校を參觀したものは、生徒が明敏でまた非常に勉強することを否定しうるものはただ一人もない。
 公民たる者の基本的義務を立派に果さうとすれば、個人は、社會の出來事に關する簡單な記事の意味を、理解しなければならぬ。各個人はまた學校卒業後、直接自己の運命に影響する條件を、次ぎ次ぎに制壓するに足る普通教育の要素を持たなくてはならぬ。兒童が小學校を卒業する前にさうした事の手ほどきをしておかないと、後になつては、自らこれに着手する時間も無しまたする氣にもなれないものである。そして日本の兒童の中、約八十五パーセントがこの時期に學校教育を濟ますのである。
 中等學校に入學する十五パーセントの兒童にとつても、依然として國語問題は解決されぬ。こられ年上の少年男女は、相變らず國字記號の修得といふ果てしない仕事に骨を折るのである。何れの近代國民に、かやうなむづかしい時間のかゝる表現と傳達の、ぜいたくな手段を用ひる餘裕があるであらうか。
 國語改良の必要は、日本においてすでに長い間認められてゐた。著明な學者たちがこの問題に最大の注意をはらひ、政論家や新聞雜誌の主幹をふくむ有力者の中には、實行可能な方法を種々研究したものが多い。約三十に上る日本人の團體が、今日この問題に關係してゐるといふことである。大體において、三つの國字改良案が討議されつつある。第一は漢字數の制限を求め、第二は全然漢字を廢止して、ある種の假名を採用することを要求し、第三は漢字も假名も完全に廢棄して、一種のローマ字を採用することを要望する。
 これらの諸案の中何れを採るべきかは、容易に決定することができぬ。然し、史實と教育と言語分析とを考へあはせて、使節團は、早晩普通一般の國字においては漢字は全廢され、そしてある音標式表現法が採用されるべきものと信ずる。
 かやうな表現法は比較的修得に容易であり、また全學習過程を大いに簡便にするであらう。この表現法によつて、辭書、カタログ、タイプライター、ライノタイプ機、及びその他の言語補助の用法が、簡單になるであらう。更に大切なことには、この表現法によつて日本の大衆は、藝術、哲學、科學、及び技術學上の自國の文書中に存在する知識と知慧に、一層親しみ易くなるであらう。それはまた日本人の外國文學研究を容易ならしめるであらう。
 漢字と云ふものゝ中に存するある審美的その他の價値が、音標法では到底十分に表はせないといふことは容易に認められる。然し、一般の民衆が國の内外の事がらに良く通じて、はつきり意見が述べられるやうになるべきであるとすれば、もつと簡便な讀み書きの手段が與へられなくてはならぬ。
 統一された、實施可能な計畫の完成には、時日を要するであらうが、然し今こそ着手の好機であると思ふ。
 使節團の判斷では、假名よりもローマ字に長所が多い。更に、それは民主的公民としての資格と國際的理解の助長に適するであらう。
 必然的に幾多の困難が伴ふことを認めながら、多くの日本人側のためらひ勝ちな自然の感情に氣付きながら、また提案する變革の重大性を十分承知しながら、しかもなほ我々は敢て以下のことを提案する。
 一、ある形のローマ字を是非とも一般に採用すること。
 二、選ぶべき特殊の形のローマ字は、日本の學者、教育權威者、及び政治家より成る委員會がこれを決定すること。
 三、その委員會は過渡期中、國語改良計畫案を調整する責任を持つこと。
 四、その委員會は新聞、定期刊行物、書籍その他の文書を通じて、學校や社會生活にローマ字を採り入れる計畫と案を立てること。
 五、その委員會はまた、一層民主主義的な形の口語を完成する方途を講ずること。
 六、國字が兒童の學習時間を缺乏させる不斷の原因であることを考へて、委員會を速かに組織すべきこと。餘り遲くならぬ中に、完全な報告と廣範圍の計畫が發表されることを望む。
 この大事業を起すために任命される國語委員會は、新しい形體の使用から生ずる學習過程について、豐富な資料を集めるための國立國語研究所にまで、發展するかも知れぬ。かやうな研究所ができれば外國の學者をひきつけることになるであらう。といふのは、多くの人々は何處にでも直ぐに役立つ有用な着想を、日本の持つ經驗の中に發見するのであらうから。
 今は國語改良のこの重要處置を講ずる好機である。恐らくこれ程好都合な機會は、今後幾世代の間またとないであらう。日本國民の目は將來に向けられてゐる。日本人は國内生活においても、國際的關係においても、新しい方向に動きつゝある。そしてこの新しい方向は文書通信の簡單にして效果的な方法を必要とするであらう。また同時に、戰爭が多くの外國人を刺戟し、日本の國語と文化を研究せしめてゐる。この感興を持續せしめ、育くまうとすれば、新しい書記法を見出さなくてはならぬ。國語は廣い公道たるべきもので、障壁であつてはならない。
 世界に永き平和をもたらさんとする各國の思慮ある男女は、國民的な孤立と排他の精神を支持する言語的支柱は、できる限り打ちこわす必要のあることを知つてゐる。ローマ字採用は、國境をこえて知識や觀念を傳達する上に偉大なる寄與をなすであらう。




Report of the United States Education Mission to Japan: Submitted to the Supreme Commander for the Allied Powers, Tokyo, March 30, 1946.
 国立公文書館デジタルアーカイブ「連合国軍最高司令官に提出されたる米国教育使節団報告書」(29/80) 及び 国立国会図書館デジタル化資料「聯合国軍最高司令部に提出されたる米国教育使節団報告書:昭和21年3月30日」(20/53) を基に作成しました。

二〇一二・一〇・二八 登載
【参考資料集】(資料閲覧に関してのお願い)
 アメリカ教育使節団報告書 国語の改革 WB2  * **
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