サンフランシスコ平和会議
インドネシア代表 アーマド・スバルジョ氏の演説
1951.9.7



〇アーマド・スバルジョ代表(インドネシア)

 議長閣下並びに全権各位、インドネシア政府は日本の平和条約の基本的諸原則を慎重に検討した後に、サン・フランシスコに全権団を送ることを決定したのであります。この決定はわれわれが条約の全条項に同意するという理由に基くものではなく、この会議が一般に世界に特に太平洋地域に平和をもたらす努力であると考えるが故に行われたものであります。太平洋の南西岸に位置するインドネシアは、平和の解決について地球のこの部分において現に行われていることに対して死活的利害関係を有すものであります。
 われわれがわが国の独立を宣言した千九百四十五年八月十七日以来、われわれは何時も継続してわれわれの抱負、理想をよりよく理解するように世界にうつたえ、また新たな世界すなわち住みよい世界を創造せんとする人類の一般的努力に貢献するためのわれわれの潜在力についても世界にうつたえて参りました。かくすることによつて、われわれはトルーマン大統領がこの会議の開会式演説で適切に表明したように、人類の偉大な建設的仕事をできるだけ急速に進め得るでありましよう。
 インドネシア人民は、「パンチャ・シラ」すなわち全能の神に対する信仰、国家的自覚、民主主義、人道主義及び社会正義の五原則に基く生活の理念に導かれて平和を促進するためのあらゆる努力を、歓迎せざるを得ないのであります。
 インドネシア共和国は、国際連合加盟を申請して、その機構に加盟することを認められました。これは国際連合憲章が、よつてもつてたつ所の諸原則が「パンチャ・シラ」と一致しているが故に、実現したものでありまして、かつわれわれが国際連合の仕事に参加した短い期間に、人類の進歩という国際連合の建設的仕事に参加するに当つて、インドネシアはその最善をつくしたと私はあえて申したいのであります。
 更に、われわれが日本との平和状態をいかにして創りだすかの問題に直面している時にあたつて、そのために心からの貢献を行うことはインドネシアの最も希望する所であります。日本の主権の回復が条約中にできる限り明確に規定さるべきであるというのがインドネシアの提言であり、インドネシアは、国際社会において、日本がその地位を回復することを歓迎するものであります。
 代表団をこの会議に送るという私の政府の決定は、長い間の躊躇なしに行われたものではありません。条約は、現在それが示しているように、インドネシアの見解からすれば多くの留保すべきものを提起しました。条約はその若干の条項が明確にされ、われわれが満足するように処理されるまではわれわれの心に何等の満足ももたらさないのでありまして、これこそ私の政府が注意深い期待の立場をとつてきた唯一の理由であります。
 議長閣下、インドネシアは、われわれがインドネシアの安定なしには太平洋における平穏を考え得ないほど、太平洋において重要な戦略的地点を占めていることを協調したいのであります。従つて地球のこの地点における経済的並びに政治的安定を促進し、且つ、保証することはインドネシア政府の常に考えているかつ主要な目的であつたのであります。
 私の政府は経済の安定すなわち経済の回復は政治的安定に対する鍵であると考えており、私の政府が日本の平和条約に関して賠償の問題に最大の重要性を付しているのもこの理由に基くものであります。
 議長閣下、私の政府は賠償の重荷を日本人の双肩に課して日本並びに日本国民に不当な困難を課す意図はありませんが、しかもなお、インドネシア政府のために、インドネシア占領期間中の日本国民及びその行動に基いた広範なわれわれの現在の諸困難、欠乏及び第二次世界戦争後の再建並びに復興実現の遅延等についての責任を明かにしたいと思います。
 日本人による占領期間中にインドネシアが被つた損害は二重であります。第一に、約四百万名の人命の損失があり第二には数十億ドルの物質的損害があります。私はここでその数字を述べることは差し控えましよう。何故ならそうすることはこの会議の主旨にそわないでありましようから、しかし私の政府は、具体的事実と数字をつかんでおり、それらを適当な時期に適当な場所で提出するでありましよう。
 私の政府は日本が現在は――私は「現在は」という言葉を強調したいと思いますが――われわれの賠償要求に対して現金では支払を行い得ない地位にあることを十分承知しております。しかしながら、同時に私の政府は適当な時期に――それも余り遠い将来ではなく――日本は再び生活能力を得て、その責任を公正に果し得るものと確信致します。
 議長閣下、貴下も御承知のごとく、条約中の賠償に関する現在の規定は私の政府にとつて満足すべきものではありません。もし賠償条項について修正を提出することが可能であつたとするならば、私の政府は、例えば、第十四条を次の如く修正したでありましよう。
第十四条
 1 日本は、戦争中に生じさせた損害及び苦痛に対して賠償を支払うべき義務を承認する。
 2 連合国は、日本が前記損害及び苦痛に対して賠償を支払うべき原則をあくまでも主張する。
 3 もつとも、連合国は、日本経済の生活能力及びこの平和条約の結果として生ずる他の責任を考慮して、特殊な
  条件の下においては、戦争賠償要求については日本に対して緩和的態度をとる用意がある。
 4 前述の条件とは、次のとおりである。
  日本は現在の領域が日本国軍隊によつて占領され、且つ戦争の結果として損害を与えられた連合国が希望すると
  きは、与えた損害を修復する費用をこれらの国に補償するため、これら連合国を援助するものとする。たとえば
  (A) 当該連合国の利益のために、生産、沈船引揚及びそれら連合国に補償さるべき他の役務において日本人の
   技術及び工業を当該連合国に提供する。
  (B) (A)項に規定された如き物資の製造のために連合国によつて供給されるべき原料の交付によつて生ずるあ
   らゆる費用を支払う。
  (C) 連合国が希望する場合に、再建のために機械、工場の如き物を連合国に提供する。
  (D) 連合国が希望する場合は、必要とする技術者を提供する。
  (E) 被訓練者に日本で働く機会を与える。
  (F) 戦争期間中の連合国民の苦痛に関連して、その苦痛を緩和するために提供する基金をつくる。
 上記諸点は、日本と当該連合国との個別協定によつて取極められるものとする。日本はかかる協定を締結するため当該連合国と速かに交渉を開始するものとする。その協定は連合国側に追加負担を課することを避けなければならない。また原材料からの製造が必要とされる場合には、原材料は、当該連合国が供給しなければならない。
 日本に外国為替上の負担をかけないためには第十四条は次のように修正されなくてはなりません。
 この条約に別段の定めがある場合を除き、かつ、第四条(a)に述べられている如き満足すべき協定の締結に基き連合国は連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中日本国及びその国民がとつた行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を政棄する。
 同様に私の政府は、条約の他の条項特に第九条について修正を提案したでありましよう。私の政府の見解によれば第九条は、公海における漁業に関して協定を締結するまでは日本または日本国民は、私の政府の特別の許可がない場合はインドネシア諸島間及びその周辺の海面で漁業を行うべきでない旨の規定を含むべきであります。さらに私の政府は第十二条も修正すべきものとして参りました。すなわち第十二条には、公私の貿易並びに商業活動において、日本は国際的に認められた公正なる活動に従うべきであるという点に対して、前文ですでに述べられた原則が含まるべきであります。
 私は、この会議が条約草案の修正について考慮できないということを私の政府が遺憾としている事実を隠そうとは思いません。何故ならば、私の政府は、この条約がわれわれの希望を調整するのには充分でなくかつ、われわれが最も重要であると考えている多くの事項に関して、われわれの立場と合致するには不充分な条項を提出していると考えているからであります。従つて、私の政府は、平和条約の締結に次いで、平和条約に規定されているよりも一層詳細に述べられた協定、例えばインドネシアに加えられた戦争による損害に対して日本が支払を行う条件及び漁業に関係した協定の如きものを、日本と締結することができるとの保証を得たいのであります。議長閣下、この目的のために貴下の御許しを得て、私は日本首席代表に対し、三つの質問を行いたいと思うのであります。私が心中に抱いている質問に対する回答は私の政府が条約の調印に関して、その立場を決定するうえに極めて大きく影響するでありましよう。
 質問は次の三つであります。
 一 日本政府は対日平和条約第十四条に規定されている条項に従つて、第二次世界戦争中にインドネシアが受けた
  損害について、インドネシアに対し充分な賠償を支払う用意ありや?
 二 平和条約調印後、できる限り速かに締結されるべきインドネシアと日本との間の双務条約において、これら賠
  償が詳細に規定され、かつその額が決定さるべきことに日本政府は同意するや?
 三 日本政府はインドネシア国民に対する魚類の供給を保護するために、漁業の規制または制限並びにインドネシ
  ア諸島間及びその周辺の公海における漁場の保存を規定する協定の締結に対し、インドネシアと速かに交渉を開
  始する用意ありや?
 議長閣下、わが代表団は、日本代表団が、これらの諸点に関してインドネシアと日本との間の正常な関係を確立するうえの主要な障害を取り除きうるような見解をとることに対して日本の行き方を明瞭に了解しているものと信じております。
 何故ならば、平和は各個人間及び各国家間の了解という段階で建設されるべきものであり、また、わが代表団は、日本国民が導き込まれた悲しむべき錯誤に最も悩まされた国民とまた日本人自身との利益となる平和に対する基礎としての有効な手段が、この会議からなお生れることを希望しているからであります。われわれはわが困難の多い時期の挑戦に直面する責任を日本人とともに分け合う用意があるのであります。
 議長閣下、私はこの機会に更に若干の意見を申し述べたいと思います。第二次世界戦争後、この戦争に参加した諸国間における政治的均衡に重大な変化が起つたのであります。そしてこれらの変化はインドネシア及び他のアジア諸国の解放をもたらしたのみでなく、甚大な経済的影響をももたらしたのであります。
 世界のこの部分に均衡がよく取れた政治的平衡が確立されるのは前途りよう遠であります。かかる状態を実現するには見透しのよい政治家精神と忍耐を多く必要とします。今日、アジア世界においては著しい変化が行われつつあります。この変化は社会勢力という力によつてゆり動かされ、且つ、刺戟されております。しかもその限度はなお未知であります。
 太平洋周辺の諸民族及び諸政府の指導権を委ねられている人々は、時として人間の能力を越えたなすべき多くの仕事と、負うべき幾つかの責任とを持つております。これら指導者が取組まなければならない問題は、単に日々変化するのみでなく、共通の解決をめざして努力する全関係国政府の結合された、且つ、絶えざる努力を必要とするような性質のものであります。
 私はアジア及び太平洋地域における国境問題について詳述するつもりはありません。何故ならば国境確定の問題は日下進行過程にあり、私はこの問題が本会議において満足すべき解決に達し得るとは考えていないからであります。私の政府にとつて、インドネシアと同様に戦争の結果として大きな苦痛を蒙つた中華人民共和国が、この会議に出席していないことは、遺憾とする問題であります。
 最後に私はわが政府が平和条約に調印するように私に指令することを決定するよう希望したいのであります。またわれわれは日本が民主主義勢力を強力にし世界に平和の状態を造り上げることに世界の他の平和愛好国とともに参加することを希望するのであります。
 インドネシアは、その時こそ日本を国際連合の一員として歓迎するでありましよう。また、われわれは六年前にサン・フランシスコのこの会堂において創設された国際連合憲章に具現されている正義、自由及び人権の尊重という崇高な原則に基いて、平和を確保し維持するわれわれの努力の中にわれわれとともにある再生日本を見ることを希望するものであります。


昭和二十六年九月 外務省作成 サン・フランシスコ会議議事録 より(P228-234)
(原典は縦書き。旧字体の漢字は新字体に置き換えてあります。)

2018.10.20 登載



 サンフランシスコ平和会議 【セイロン代表 ジャエワルデーネ氏の演説】 【フィリピン代表 ロムロ将軍の演説】
 サンフランシスコ平和会議での米大統領、米・英・ソ・埃・日各全権演説(資料沖縄問題/岡倉古志郎外編/労働旬報社 1969//旬報社デジタルライブラリー) <http://www.junposha.com/library/pdf/60008_12.pdf>

 【我が家の第二次世界大戦犠牲者研究】 【参考資料集】(資料閲覧と利用についてのお願い)
サンフランシスコ平和会議でのインドネシア代表 アーマド・スバルジョ氏の演説 1951.9.7 TR7T * **
 このホームページは個人が開設しております。 開設者自己紹介