軍人勅諭


　　軍 人 勅 諭
明治十五年(一八八二年) 一月四日　　 
陸軍省達乙第二号　 


我わが國くにの軍隊ぐんたいは世々よよ天皇てんわうの統率とうそつし給たまふ所ところにそある 昔むかし神武天皇じんむてんわう躬みつから大伴おほとも物部もののべの兵つはものともを率ひきゐ中國なかつくにのまつろはぬものともを討うち平たいらけ給たまひ高御座たかみくらに即つかせられて天下あめのしたしろしめし給たまひしより二千五百 有餘年いうよねんを經へぬ 此間このあひだ世よの様さまの移うつり換かはるに随したがひて兵制へいせいの沿革えんかくも亦また屡しばしばなりき 古いにしへは天皇てんわう躬みつから軍隊ぐんたいを率ひきゐ給たまふ御制おんおきてにて時ときありては皇后くわうごう皇太子くわうたいしの代かはらせ給たまふこともありつれと大凡おほよそ兵權へいけんを臣下しんかに委ゆだね給たまふことはなかりき 中世なかつよに至いたりて文武ぶんぶの制度せいど皆みな唐國風からくにぶりに倣ならはせ給たまひ六衛府りくゑふを置おき左右馬寮さうめりやうを建たて防人さきもりなと設まうけられしかは兵制へいせいは整ととのひたれとも打續うちつづける昇平しやうへいに狃なれて朝廷てうていの政務せいむも漸やうやく文弱ぶんじやくに流ながれけれは兵農へいのうおのつから二ふたつに分わかれ古いにしへの徴兵ちようへいはいつとなく壮兵さうへいの姿すがたに變かはり遂つひに武士ぶしとなり兵馬へいばの權けんは一向ひたすらに其その武士ぶしともの棟梁とうりやうたる者ものに歸きし世よの亂みだれと共ともに政治せいぢの大權たいけんも亦また其手そのてに落おち凡およそ七百年　　　ねんの間あひだ武家ぶけの政治せいぢとはなりぬ 世よの様さまの移うつり換かはりて斯かくなれるは人力ひとのちからもて挽回ひきかへすへきにあらすとはいひなから且かつは我わが國體こくたいに戻もどり且かつは我わが祖宗そそうの御制おんおきてに背そむき奉たてまつり浅間あさましき次第しだいなりき 降くだりて弘化こうくわ嘉永かえいの頃ころより徳川とくがはの幕府ばくふ其その政まつりごと衰をとろへ剰あまつさへ外國ぐわいこくの事こととも起おこりて其その侮あなどりをも受うけぬへき勢いきほいに迫せまりけれは朕ちんか皇祖おぼぢのみこと仁孝天皇にんかうてんわう皇考ちちのみこと孝明天皇かうめいてんわう いたく宸襟しんきんを惱なやまし給たまひしこそ忝かたじけなくも又また惶かしこけれ 然しかるに朕ちん幼いとけなくして天津日嗣あまつひつぎを受うけし初はじめ征夷大将軍せいいたいしやうぐん其政權そのせいけんを返上へんじやうし大名小名だいみやうせうみやう其その版籍はんせきを奉還はうくわんし年としを經へすして海内くわいだい一統いつとうの世よとなり古いにしへの制度せいどに復ふくしぬ 是これ文武ぶんぶの忠臣ちゆうしん良弼りやうひつありて朕ちんを輔翼ほよくせる功績いさをなり歴世祖宗れきせいそそうの専もはら蒼生さうせいを憐あはれみ給たまひし御ご遺澤ゆゐたくなりといへとも併しかしながら我臣民わがしんみんの其心そのこころに順逆じゆんぎやくの理ことわりを辨わきまへ大義たいぎの重おもきを知しれるか故ゆゑにこそあれ されは此時このときに於おいて兵制へいせいを更あらため我國わがくにの光ひかりを耀かがやかさんと思おもひ此この十五年　　　　ねんか程ほどに陸海軍りくかいぐんの制せいをは今いまの様さまに建定たてさだめぬ 夫それ兵馬へいばの大權たいけんは朕ちんか統すふる所ところなれは其司々そのつかさづかさをこそ臣下しんかには任まかすなれ其その大綱たいかうは朕ちん親みづから之これを攬とり肯あへて臣下しんかに委ゆだぬへきものにあらす 子々孫々ししそんそんに至いたるまて篤あつく斯旨このむねを傳つたへ天子てんしは文武ぶんぶの大權たいけんを掌握しやうあくするの義ぎを存ぞんして再ふたたび中世以降ちゆうせいいこうの如ごとき失體しつたいなからんことを望のぞむなり 朕ちんは汝等なんぢら軍人ぐんじんの大元帥だいげんすゐなるそ されは朕ちんは汝等なんぢらを股肱ここうと頼たのみ汝等なんぢらは朕ちんを頭首とうしゆと仰あふきてそ其その親したしみは特ことに深ふかかるへき 朕ちんか國家こくかを保護はうごして上天しやうてんの惠めぐみに應おうし祖宗そそうの恩おんに報むくいまゐらする事ことを得うるも得えさるも汝等なんぢら軍人ぐんじんか其職そのしよくを盡つくすと盡つくささるとに由よるそかし 我國わがくにの稜威みいづ振ふるはさることあらは汝等なんぢら能よく朕ちんと其その憂うれひを共ともにせよ 我わが武維ぶこれ揚あがりて其その榮えいを耀かがやかさは朕ちん汝等なんぢらと其その譽ほまれを偕ともにすへし 汝等なんぢら皆みな其職そのしよくを守まもり朕ちんと一心ひとつこころになりて力ちからを國家こくかの保護はうごに盡つくさは我國わがくにの蒼生さうせいは永ながく太平たいへいの福さいはひを受うけ我國わがくにの威烈ゐれつは大おほいに世界せかいの光華くわうくわともなりぬへし 朕ちん斯かくも深ふかく汝等なんぢら軍人ぐんじんに望のぞむなれは猶なほ訓諭をしえさとすへき事ことこそあれ いてや之これを左さに述のへむ

一 軍人ぐんじんは忠節ちゆうせつを盡つくすを本分ほんぶんとすへし 凡およそ生せいを我國わがくにに稟うくるもの誰たれかは國くにに報むくゆるの心こころなかるへき 況まして軍人ぐんじんたらん者ものは此心このこころの固かたからては物ものの用いように立たち得うへしとも思おもはれす 軍人ぐんじんにして報國ほうこくの心こころ堅固けんごならさるは如何程いかほど技藝ぎげいに熟ねつし學術がくじゆつに長ちやうするも猶なほ偶人ぐうじんにひとしかるへし 其その隊伍たいごも整ととのひ節制せつせいも正ただしくとも忠節ちゆうせつを存ぞんせさる軍隊ぐんたいは事ことに臨のぞみて烏合うがふの衆しゆうに同おなじかるへし 抑そもそも國家こくかを保護はうごし國權こくけんを維持ゆゐぢするは兵力へいりよくに在あれは兵力へいりよくの消長せうちやうは是これ國運こくうんの盛衰せいすいなることを辨わきまへ世論せいろんに惑まどはす政治せいぢに拘かかはらす只々ただただ一途いつづに己おのれか本分ほんぶんの忠節ちゆうせつを守まもり義ぎは山嶽さんがくよりも重おもく死しは鴻毛こうもうよりも輕かろしと覺悟かくごせよ 其その操みさをを破やぶりて不覺ふかくを取とり汚名おめいを受うくるなかれ

一 軍人ぐんじんは禮儀れいぎを正ただしくすへし 凡およそ軍人ぐんじんには上かみ元帥げんすゐより下しも一卒いつそつに至いたるまて其間そのあひだに官職くわんしよくの階級かいきふありて統屬とうぞくするのみならす同列同級どうれつどうきふとても停年ていねんに新舊しんきうあれは新任しんにんの者ものは舊任きうにんのものに服從ふくじゆうすへきものそ 下級かきふのものは上官じやうくわんの命めいを承うけたまはること實じつは直ただちに朕ちんか命めいを承うけたまはる義ぎなりと心得こころえよ 己おのれか隷屬れいぞくする所ところにあらすとも上級じやうきふの者ものは勿論もちろん停年ていねんの己おのれより舊ふるきものに對たいしては總すへて敬禮けいれいを盡つくすへし 又また上級じやうきふの者ものは下級かきふのものに向むかひ聊いささかも輕侮驕傲けいぶけうがうの振舞ふるまいあるへからす 公務こうむの爲ために威厳ゐげんを主しゆとする時ときは格別かくべつなれとも其外そのほかは務つとめて懇ねんごろに取扱とりあつかひ慈愛じあいを専一せんいつと心掛こころがけ上下しやうか一致いつちして王事わうじに勤勞きんらうせよ 若もし軍人ぐんじんたるものにして禮儀れいぎを紊みだり上かみを敬うやまはす下しもを惠めぐますして一致いつちの和諧くわかいを失うしなひたらんには啻ただに軍隊ぐんたいの蠧毒とどくたるのみかは國家こくかの爲ためにもゆるし難がたき罪人ざいにんなるへし

一 軍人ぐんじんは武勇ぶゆうを尚たふとふへし 夫それ武勇ぶゆうは我國わがくににては古いにしへよりいとも貴たふとへる所ところなれは我國わがくにの臣民しんみんたらんもの武勇ぶゆうなくては叶かなふまし 況まして軍人ぐんじんは戰たたかひに臨のぞみ敵てきに當あたるの職しよくなれは片時かたときも武勇ぶゆうを忘わすれてよかるへきか さはあれ武勇ぶゆうには大勇たいゆうあり小勇しようゆうありて同おなじからす 血気けつきにはやり粗暴そぼうの振舞ふるまひなとせんは武勇ぶゆうとは謂いひ難がたし 軍人ぐんじんたらむものは常つねに能よく義理ぎりを辨わきまへ能よく胆力たんりよくを練ねり思慮しりよを殫つくして事ことを謀はかるへし 小敵しやうてきたりとも侮あなどらす大敵たいてきたりとも懼おそれす己おのれか武職ぶしよくを盡つくさむこそ誠まことの大勇たいゆうにはあれ されは武勇ぶゆうを尚たふとふものは常々つねづね人ひとに接まじはるには温和おんくわを第一だいいちとし諸人しよにんの愛敬あいけいを得えむと心掛こころがけよ 由よしなき勇ゆうを好このみて猛威まうゐを振ふるひたらは果はては世人よのひとも忌いみ嫌きらいて豺狼さいらうなとの如ごとく思おもひなむ 心こころすへきことにこそ

一 軍人ぐんじんは信義しんぎを重おもんすへし 凡およそ信義しんぎを守まもること常つねの道みちにはあれと わきて軍人ぐんじんは信義しんぎなくては一日いちじつも隊伍たいごの中なかに交まじりてあらんこと難かたかるへし 信しんとは己おのれか言ことを践行ふみおこなひ義ぎとは己おのれか分ぶんを盡つくすをいふなり されは信義しんぎを盡つくさむと思おもはは始はじめより其事そのことの成なし得うへきか得うへからさるかを審つまびらかに思考しこうすへし 朧氣おぼろげなる事ことを仮初かりそめに諾うべなひて よしなき關係くわんけいを結むすひ後のちに至いたりて信義しんぎを立たてんとすれは進退しんたい谷きはまりて身みの措おき所どころに苦くるしむことあり 悔くゆとも其詮そのせんなし 始はじめに能々よくよく事ことの順逆じゆんぎやくを辨わきまへ理非りひを考かんがへ其言そのことは所詮しよせん践ふむへからすと知しり其義そのぎはとても守まもるへからすと悟さとりなは速すみやかに止とどまるこそよけれ 古いにしへより或あるいは小節せうせつの信義しんぎを立たてんとて大綱たいかうの順逆じゆんぎやくを誤あやまり或あるいは公道こうだうの理非りひに践迷ふみまよひて私情しじやうの信義しんぎを守まもり あたら英雄豪傑えいゆうがうけつともか禍わざはひに遭あひ身みを滅ほろぼし屍かばねの上うへの汚名をめいを後世のちのよまで遺のこせること其例そのためし尠すくなからぬものを 深ふかく警いましめてやはあるへき

一 軍人ぐんじんは質素しつそを旨むねとすへし 凡およそ質素しつそを旨むねとせされは文弱ぶんじやくに流ながれ輕薄けいはくに趨はしり驕奢けふしや華靡くわびの風ふうを好このみ遂つひには貪汚たんをに陷おちいりて志こころざしも無下むげに賤いやしくなり節操せつそうも武勇ぶゆうも其その甲斐かひなく世人よのひとに爪つまはしきせらるゝ迄までに至いたりぬへし 其身そのみ生涯しやうがいの不幸ふこうなりといふも中々なかなか愚をろかなり 此風このふう一ひとたひ軍人ぐんじんの間あひだに起おこりては彼かの傳染病でんせんびやうの如ごとく蔓延まんえんし士風しふうも兵気へいきも頓とみに衰おとろへぬへきこと明あきらかなり 朕ちん深ふかく之これを懼おそれて曩さきに免黜めんちゆつ條例でうれいを施行しこうし略ほぼ此事このことを誡いましめ置おきつれと猶なほも其その悪習あくしふの出いでんことを憂うれひて心安こころやすからねは故ことさらに又また之これを訓をしふるそかし 汝等なんぢら軍人ぐんじんゆめ此この訓誡をしえを等閑なほざりにな思おもひそ

右みぎの五ヶ條　　　　でうは軍人ぐんじんたらむもの暫しばしも忽ゆるがせにすへからす さて之これを行をこなはんには一ひとつの誠心まごころこそ大切たいせつなれ 抑そもそも此この五ヶ條　　　　でうは我われ軍人ぐんじんの精神せいしんにして一ひとつの誠心まごころは又また五ヶ條　　　　でうの精神せいしんなり 心誠こころまことならされは如何いかなる嘉言かげんも善行ぜんかうも皆みなうはへの装飾かざりにて何なにの用ようにかは立たつへき 心こころたに誠まことあれは何事なにごとも成なるものそかし 況ましてや此この五ヶ條　　　　でうは天地てんちの公道こうだう人倫じんりんの常經じやうけいなり 行おこなひ易やすく守まもり易やすし 汝等なんぢら軍人ぐんじん能よく朕ちんか訓をしえに遵したがひて此道このみちを守まもり行おこなひ國くにに報むくゆるの務つとめを盡つくさは日本國にほんこくの蒼生さうせい舉こぞりて之これを悦よろこひなん 朕ちん一人いちにんの懌よろこびのみならんや

明治十五年一月四日
御名


　振り仮名は、軍隊手帳を参考にしました。
二〇〇五･五･二五 登載
「軍人勅諭」　「教育ニ関スル勅語」
　「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」　「戦陣訓」
「我が家の第二次世界大戦犠牲者研究」
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