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 癩に関する三つの迷信(一九三一年)

『診斷と治療』第十八卷第十一號
(昭和六年十一月 診断と治療社)


    癩に關する三つの迷信

京都帝國大學醫學部講師   .
醫學博士  小笠原 登述  .

 癩程に種々な迷信を伴つて居る疾患は他にないであらう。其の迷信の中には單に一般大衆の間に擴つて居るばかりでなく醫師界にまで擴つて居るものがある。其の第一は癩は不治の疾患であると云ふ迷信である。
 先年某大學に於て創立記念祝賀のために大衆に對して各教室をを開放して機械や標本等を觀覽せしめた事があつた。其の際某教室に於て陳列せられてあつた標本中に癩の標本があつた。其の説明者が『癩は不治である。一度罹つた人は嚴重に隔離して傳染を防がなけれはならぬ』と云つて居たと云ふ事を聞いた。又或る醫師が『癩患者に於ては速かに睾丸刷出若くは精系の截斷を行つて子孫を後に遺す事を避けなければならぬ』と云つたのを聞いた。この醫師も癩は不治であると云ふ迷信を持つて居た人であつた。尚此の如き迷信を持つて居る醫師が皮膚科の專門醫中にも多々あるのに遭遇して居る。
 此の如き迷信が天下に瀰蔓するに至つたには一つの理由がある。それは病變が一定の度を超える時は、假令疾病は消失しても生體は最早や舊態に復歸するものではないと云ふ事に歸着する。即ち病氣は治癒してもその結果として起つた變化は必ずしも消失するものではない。例せば結核性疾患である所の狼瘡に於て、指が脱落したり、鼻や唇が腐蝕し去つた場合には、假令病氣は治癒しても最早や指は發生せず、鼻や唇も再び形成せられて來らぬのである。癩の場合でも同樣である。神經幹が一定の度を超えて破壞せられた場合には病氣は治癒しても最早や指の釣状や口の歪みなどが消失して發病前の状態には復歸せぬのである。こゝに永久病氣が治癒せざるが如き觀を呈する。癩不治の迷信はこゝに生れる。即ち病氣自體とそれから起つた結果との混同に基いて起るのである。
 予が經驗によれば癩の治癒性は結核性の疾患に比べると遙かに大であるかに考へられる。癩も亦經濟力の少い人達に多い疾患であるがために、費用の關係上充分な治療を加へる事が出來ない場合が屡々遭遇せられる。萬一斯樣な患者に十分の資力が供給せられるならば、尚一層其の治癒性を高め得ると信ずる。
 近頃内務大臣の主唱の下に癩予防協會と云ふものが出來たと聞いて居る。予の聞いた所によると栃木縣の草津に癩患者の合宿所を設けて娯樂機關を充實せしめ、こゝへ癩患者を集め一生を樂しくこの樂園に於て終らしめ、かくて隔離の實を擧げ、癩の傳播を予防せんとする計畫の樣である。甚だ結構な企てである事は云ふまでもない。然かしこれが主なる目的であるとするならばこれは明かに癩は不治であると云ふ迷信に立脚した企てであるかに考へられ甚だ物足りない感がある。どうかすると十分の效果を收める事が出來ないと云ふ事に歸するのではないかと恐れしめる。
 予の研究室に於て治療の障碍になるもの、一は宗教的の迷信である。神佛に祈願を籠めて病氣の平癒を得んとする企てゞある。「カトリツク」教の牧師が患者に祈祷生活を奬めて醫療を遠ざからしめ、病氣を惡化せしめたものや、又四國八十八ケ所の弘法大師に巡拜を企てゝ治療を遠かつて遂に重態になつたものや、足蹠に潰瘍を有した患者が登り五、六十丁もある山上の愛宕神社に日參を企てた例があつた。其の他此の種に屬する實例は多々あつたと記憶して居る。これ等の實例によれば、神佛によつて疾病が治癒するものであると云ふ迷信は甚だ深く、且廣い事が想像せられる。此の如き迷信が擴つて居る社會の中にあつて癩患者の悲慘な心境は治療を求めて迷信に走らず却つて治癒を斷念して、單純な娯樂機關の充實せる場所に赴いて平和な生活を送るを可能ならしむるであらうか。
 第二は癩は遺傳病であると云ふ迷信である。この迷信を持つて居る人は醫師には稀であつて、一般民衆に多い。此の迷信が結婚、離婚、廢嫡等の問題に關係して種々な悲劇を起した事が屡々見聞せられた。
 此の迷信の起つたのにも亦理由がある。即ち一定の家系の人にのみ癩患者が發生するかの如き感を與へると云ふ事實に基くのである。然かし精査すれば癩患者の發生は一定の家系の人に限つて居らぬ。却つて從來其の家系に於て癩患者のあつた事を聞かなかつた人に癩症状を現はして來て居る場合が遙かに多いのである。予が昨年一月より今年七月までの間に診察した百五十七名の患者の中に於て其の家系の中に癩患者を出した事もあるものは僅かに二十一名である。
 然からば如何にして一定家系の人にのみ癩患者が發生するが如く見えるかと云へば、其の一つの理由には癩は特殊な體質の所有者にのみ感染する疾患であると云ふ事を數へなけれはならぬ。癩患者は發育不全性體質に屬する徴候の多數を所有して居る。即ち癩菌は體質的缺陷の所有者に遭つてのみ病原體となり得るのであつて、何人に對しても病原體となり得るものではないと信ぜられる。而してこの體質的缺陷は一は遺傳により一は榮養状態や家業の同一等によつて子孫や、一族の間に現はれ易く、從つて癩の感受性も亦子孫及び一族の間に顯はれ易い。又一族の中に癩患者が出た場合には其の接觸の頻數によつて其一族の中に患者の發生が促される。即ち一族の中に重複して患者の發生する理由が會得せられる。
 此の如く癩は一族中に重複して發生し易いのではあるが、結核性の疾患が一族間に重複して發生するに比すれば其の率は比較にならぬ程小さいと信ぜられる。それにもかかはらず癩が特に遺傳と信ぜられるに至つたのは、癩の傳染性が極めて弱い事と共に所謂癩系統の家族に於ける癩患者の發生率が所謂癩系統ならざる家族に於けるそれに比して、著しく大なる事を考へなければならぬ。勿論絶對數は癩系統ならざる家族に於て發生する方が著しく多いのである。これは只予の少數の患者についての統計のみではなく、他の統計に於ても同樣の結果になつて居る。
 第三は癩は強烈な傳染病であると云ふ迷信である。この迷信は却つて醫師其の他の智識階級の間に普通して居る樣である。この迷信が癩患者の不幸を増大して居る事は云ふまでもない。
 この迷信の起つた理由は古來遺傳病であつて、一定の家族に纏ひ着いて居る特殊な奇病であると深く信ぜられて居た癩が近時傳染病である事が高唱せられるに至つて、俄かに民衆の強き恐怖を喚起し、強き傳染力を有する疾患の如くに嫌忌せられるに至つたものと考へられる。勿論癩は傳染病であるからこれを恐れる事は當然である。然かしながら恐怖の餘り迷信に陷つて癩患者に對する措置の宜しきを失ふに至る事は大に警めなければならぬ。
 癩は我が國では古き時代からの病氣である。それにもかゝはらずこれが傳染病である事が觀破せられなかつた。又これが千有餘年の間何等予防施設を施す事もなく放置せられたにかゝはらず今日尚未だ全國民悉くが癩によつて犯されるに至つて居らぬ。近頃安達内務大臣の談として新聞紙の報ずる所によれば現在我が國の癩患者の總數は多くとも二萬人に過ぎぬと云ふ事である。この二つの事實は明かに癩の傳染力が甚だ微弱である事を物語つて居る。
 前にも述べた通り予が昨年一月より今年七月までに扱つた患者百五十七名の中百三十六名は、其の患者の一族中に嘗て癩患者が發生した事を聞かぬと云つて居る。此事實は現在の癩患者の大多數は家庭に於て癩患者と寢食を共にした者の中から出て居らぬ事を想像せしめる。次に殘りの二十一名の中只一名に於ては一名の叔父と一名の姉とに、癩患者があつた事を告げて居る、即ち一家に三名の患者を出したのである。然かるに殘りの二十名に於ては一族中に本人の外に唯一名の癩患者があつたのみであると云つて居る。この事實は一家に於て癩患者と寢食を共にして生活し、或は親族として親密な交際を行つて居ても其の一族の多人數の中に僅かに一兩名の不幸な人が感染するに止まり、大多數は感染せぬものであることを示して居る。勿論全國二萬人の患者の中には一家數名が悉く罹病したものもあらう。それは恐らく稀な例であると信ぜられる。即ち前にも述べた通り癩は感受性の強い人には容易く感染するけれども感受性の弱い人には容易に感染するものでない事が信ぜられる。そして其感染率は我が内地人を七千萬人とし患者の總數を二萬人とするならば三千五百人に一人の罹患者を出す事となり罹病率は〇・〇二九%となるのである。この罹病率は結核性疾患に比べると殆んど比較にならぬ程小さい。極端な例であるが、予が某病院の看護婦百二十四名について結核性疾患の診斷を受けたものをしらべて見た事があつたが、そのなかに五四名の羅病者があつた。實に四四%である。そのなか、甚だしき例では二〇名詰めの看護婦寄宿舍の一室に於て二十名中十八名迄が結核性疾患の診斷を受けて居たのがあつた。又三千百七十人の職工を有した某紡績工場に於ける昭和二年の結核罹病率は一二・七%であつた。又大正十一年度の肺結核、結核性腦膜炎、腸結核による死亡者の總數は大略十二萬人と聞いて居る。之に他の結核性疾患による死亡者を加へるならば。更に數を増す事は云ふまでもない。更に又罹病死に至らざりしものを數ふるならば莫大な數に達する事と信ぜられる。夫と六人の子女を結核のために失つた寡婦や夫と三人の男子を結核に奪はれた寡婦、母と四人の同胞を結核性疾患によつて失つた皮膚結核の患者等は予の親しく遭遇して居る實例であるが、此の如く一家に數名が結核によつて犯された例は甚だ多いであらう。これ等の事實を考へると癩の傳染性は結核のそれに比して殆んど比較にならぬ程弱いものである事が想像せられる。然かるに傳染の危險の甚だ多い結核患者が大道の閣歩を許され傳染の危險が遙かに少い癩患者が幽閉を強ゐられて居る事は甚だ矛盾極まる現象である。
 以上三つの迷信は癩患者及び其の一族に對して甚しき苦痛を與へて居る。これ等の迷信に基いて計畫せられる癩の對策は徒らに患者を苦痛の中に陷れるに止まる。治療に通ふ患者を糺問して治療に通ふを妨げ、大半治癒して居る患者に療養所に入る事を強制し、埋葬のみを以て習慣とする村落に於て、外貌を損して居なかつた癩患者の葬儀に、火葬を強要して一族を困惑せしめた事等の實例が縷々見聞せられる。若し將來癩の對策が企圖せられるならば以上の諸迷信を脱却して正しき見解の上に設定せらななければならぬ。



 国立ハンセン病資料館図書室所蔵「小笠原登先生執筆記事抜粋綴」(資料番号110009263)から転載しました。(著者親族より許諾)
 原文で旧字のものはできるだけそれを用いましたが、ユニコード上の制約があり、完全ではありません。
 素人による作業です。もし誤りや気になる点がありましたら、教えていただけると嬉しいです。
 小笠原登執筆文献集
  「癩に関する三つの迷信」(一九三一年『診断と治療』)
  「癩は何故に不治か」(一九三四年『臨床の日本』)
  「癩病絶滅の運動に就いて」(一九三四年『治療学雑誌』)
  「癩の極悪性の本質に就て」(一九三四年『臨床の日本』)
  「癩の治療に就て」(一九三四‐五年『臨床と薬物』)
  「最近2年間に我が診察室を訪ねた癩患者の統計的観察
     (特に感染経路について)」(一九三六年『レプラ』)
  「癩に對する誤解」(一九三六年『実験医報』)
  「癩患者の断種問題」(一九三八年『芝蘭』)
  「癩と体質」(一九三九年『医事公論』)
  「癩の伝染性と遺伝性」(一九四〇年『実験医報』)
二〇一二・九・一 登載
【参考資料集】
小笠原登 癩に関する三つの迷信 ≪ページ先頭へ≫

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