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 らいに対する誤解(一九三六年)

『實驗醫報』
  二二年 二五六號
  一九三六年


    癩に對する誤解

【京都帝大講師 醫學博士小笠原登氏】
曰く。癩程に誤解せられて居る疾患は他に無いであらう。この誤解が、患者に加はる迫害の根柢をなして居る。癩は遺傳病では無い事は種々の事實が證明して居るので、今日では知識階級にはこれを疑ふ者は無くなつた樣であるが、尙一般民衆には徹底するに至つて居らぬ。これがために患者及び其の一族が迫害を被つて居る事は周知の事實である。
第二の誤解は、癩は極めて傳染力の强い疾患であると云ふのである。この誤解も亦甚しく患者を苦しめて居る。交通機關の利用が禁止せられたり、一家を支へる中心人物が强制的に隔離せられて一家の生計が脅かされたり、患者の家族に勤勞が拒絕せられ又は絕交が宣告せられた等の事は、余の親しく遭遇して居る事實である。これ等は癩の傳染が甚だ强烈であると云ふ誤解に基づく迫害である。倂し、癩は斯樣な種類の傳染病では斷じて無い。夫婦間に於て傳染が甚だ稀有である事(夫婦が偶然別々に罹病したと見ても不思議の無い程に稀有である)及びフィリッピンに於て、癩患者より生れた未患兒童を病親より隔離した所が、却つて病親が親しく育てた兒童よりも癩の發病率が遙かに大であつたと云ふ事實を見る丈でも、普通の傳染病と性質が異つて居る事が知られる。絕對に隔離を要すると云ふ病氣では無い。諾威に於て、隔離法を行つた事によつて癩患數が五十餘年間に激減した事實も、これは隔離法の結果では無く、一般傳染病の通性として自然に起る所の猖獗期から衰頽期に移る波動に乘じたのに過ぎぬと云ふ見解もあると聞いて居る。此の見解は、太田博士外兩名の宮城縣に於ける癩村の調査成績と一致するかに考へられる。卽ち其の報告によれば、癩數十年の猖獗期の後に衰頽期が次いで起り、途に消滅期に入ると見られる事實である。余も亦友人及び其の他の人々より傳へ聞いた類似の一例を知つて居る。某縣に一孤島がある。舊幕時代に藩主が癩患者を隔離した所である。今日六十戶程の戶數があるが、住人は皆癩患者の子孫であるこ云つてよい、然るに現今一名の癩患者も無く、所屬聯隊の壯丁成績が甚だ良好であると云ふのである。諾威に於ける癩患者の激減を以て、偏に隔離法に歸する事は輕卒に過ぎる。尙攻究すべき除地がある。倂し、余は隔離法に反對する者では無い。宜しきを得て行ふべきであると信ずる。中正を得ざれば弊害を生する事に留意せねばならぬ。
第三の誤解は、賴は不治であると云ふのである。癩は或る人達が考へて居る程重大な病氣では無い。自然治癒さへ營んだ例が報告せられて居る。癩を以て萬病を懸絕せる重大な疾患の如くに考へて居る人のあるのは、斯樣な人々は恐らく重症に陷つて了つた患者を主として見て居るためであらう。從つてこれ等の人々の所見は一般の職に就いての所見では無い。故にこれ等の人々の言によれば、一度臨牀的に治癒の觀を呈しても二十年三十年の間には再び猛烈な症狀を顯はして來ると云ふ事であるが、余は今日迄の自らの經驗によつて斯樣な事は甚だ稀なものであるべきを信じて居る。癩は「最も單簡な衞生法によつて其の感染を防ぐに十分である」とさへ云つて居る人がある程の疾患である。一度臨牀的に治癒の觀を呈したものに生活の改善を更に續行せしめるならば最早や再發は無いと云つて大過は無いと信じて居る。
治癒に對して癩菌の存否が時々問題になる。倂し、現今に於ては全身の球菌が絕滅した事を證する方法は無い(但し、臨牀的に治癒の親を與へて居た者に、死後、剖檢を行つて綿密な檢査を行ったのであるが、癩菌が證明せられなかつたと云ふが如き報告は若干存在する)。癩の治癒を論ずるに、全身の癩齒が絕滅して再發せぬ事を意味すると云ふならば、これは不合理では無いが、甚だ不便な考へ方である。斯の如き定義はあらゆる細菌性の疾患に治癒の判定が與へられぬ事となるからである。卽ち細菌性の疾患にして治癒の後に細菌の絕滅が證明せられるものが無いと共に、又時々再發を來するのがあるのである。「チフス」、「ヂフテリー」、癤、丹毒等皆此の例に洩れぬ。若しこれ等の疾患を不治とするならば癩も亦不治とするがよいであらう。倂し、余は「チフス」、「ヂフテリー」、癤、丹毒等に就いて可治を說いて居るのであるから癩にも亦可治を說くのである。治療を奬勵する事は肝要中の肝要と考へて居る。何故なれば、一つには患者の幸福のためであり、又一つには癩の豫防のためである。徒らに不治と宣傳して治療を斷念せしめ、重症に陷れて了ふのは人道的に避くべきであると共に、重症に陷つて行く間に癩菌の散布を續ける事も、癩も亦細菌性疾患である點より避くべき事である。ジャンセルム氏によれば、最近、治療が又豫防の目的に用ひられ始めたかに見える。さもあるべき事である。殊に癩は重症に陷つて居らぬ限り家庭に於て業務に從事しつゝ治療し得べき疾患である。患者のため社會のため診療を奬勵すべきである。



 国立ハンセン病資料館図書室所蔵「小笠原登先生執筆記事抜粋綴」(資料番号110009263)から転載しました。(著者親族より許諾)
 原文で旧字のものはできるだけそれを用いましたが、ユニコード上の制約があり、完全ではありません。
 素人による作業です。もし誤りや気になる点がありましたら、教えていただけると嬉しいです。
 小笠原登執筆文献集
  「癩に關する三つの迷信」(一九三一年『診斷と治療』)
  「癩は何故に不治か」(一九三四年『臨床の日本』)
  「癩病絶滅の運動に就いて」(一九三四年『治療學雜誌』)
  「癩の極惡性の本質に就て」(一九三四年『臨床の日本』)
  「癩の治療に就て」(一九三四‐五年『臨床と藥物』)
  「最近2年間に我が診察室を訪ねた癩患者の統計的觀察
     (特に感染經路について)」(一九三六年『レプラ』)
  「癩に對する誤解」(一九三六年『實驗醫報』)
  「癩患者の斷種問題」(一九三八年『芝蘭』)
  「癩と體質」(一九三九年『醫事公論』)
  「癩の傳染性と遺傳性」(一九四〇年『實驗醫報』)
二〇一九・五・九 登載
【参考資料集】
小笠原登 癩の傳染性と遺傳性 ≪ページ先頭へ≫
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